第6話 これからの日常
事務所のドアを開けると何やら食欲をそそる香りが漂ってきた。
「おかえりなさい!」
「この匂いは?」
「そろそろ帰ってくる頃だと思って、
お夕飯の用意をしておきました!!」
「夕飯の用意ったって、ウチには食材なんか何も…」
「はい!なので、棚にあったカップラーメンに
お湯を入れておきました!もうすぐ出来ますよ!!」
なんとなく一か八かのタイミングでお湯を入れるんじゃないよ。
「あたし、料理好きなんです!
食材さえ買ってきてくれれば、どんな料理でも挑戦しますよ!」
“得意なんです”とも“作れます”とも言わないのが不穏だが、確かに一ヶ月事務所に缶詰で外食も出来ないのでは気の毒だ。
この子の好きな事をやらせてやった方が精神衛生上もいいだろう。
「トキちゃんは、料理とかするの?」
「いえ、私は興味が無いので」
「楽しいよ!一緒にやろう!」
ハッキリ「興味が無い」と断言したというのに完全に無視して、妙子はトキに料理の魅力を語り始めた。
トキの方もまんざらではないように見えなくもない。表情からはわかりづらいけど。
事務所がこんなに賑やかなのは新鮮な感覚だ。
たった一人増えただけだというのに。長ければ一ヶ月、こんな生活が続くのか。
それが嫌ならとっととドッペルゲンガーを探し出して始末すればいいのだろう。
……まぁ、嫌ってワケじゃあないけど。
三人で質素な食事を摂り、食後のコーヒーを一服。
くつろいでいると思い出したように妙子が尋ねてきた。
「そういえば、ドッペルゲンガーは見つかりましたか?」
「まだ初日だからな。
でも、ちょっとした手がかりみたいなのは見つけて来たぜ」
いちいち細かい進捗を報告するのはガラじゃないが、依頼人から聞かれた場合はちゃんと答えるようにしている。
てなわけで、本日の成果を報告した。
「ふーん、もうニアミスしてたんですね!
さっすがテラさん、妖怪探偵!」
「……その肩書、やめてくれねーか」
「ふふ、ねえテラさん。
ドッペルゲンガーの目的って、なんだと思います?」
目的……。
なんで同じ見た目をした相手を殺そうとするのか。
本人を目の前にして言いづらいが、考えられるのは……。
「あいつらは、本物を殺してその人間と入れ替わるんです!
だからきっと、あいつもあたしを殺して
“
こちらの返答を待たずに、妙子が解答を口にした。
まぁ、そう思うわな。しかし、随分はっきり断言する。
「ドッペルゲンガーがそう言ったのか?」
「あたしがそう思いました!」
何かに書いてあった、とかですらないのかよ。
それじゃ妄想と変わらねえじゃねえか。
しかしこの話……。
少々引っ掛かる気がするが、具体的にどうとは指摘出来ない。
単なる解釈の問題ならそれでいいのだが……。
「要するに、早くドッペルゲンガーを見つけて
退治してくれって事だな」
「いいえ!
あたしとしては一ヶ月の期日ギリギリで
解決してくれた方がコスパいいですから!
その間、ずっとここに住めるし」
正直でよろしい。
……彼女の様子を見ていて思う事がある。
自分を殺そうとしている存在がいるにもかかわらず、怯えている様子もなければ物怖じもしない。
それどころか逆に返り討ちにしようと三百万用意して探偵を雇っている。
この子にとってドッペルゲンガーなんて大した問題じゃなくて、本当は家に帰りたくないだけなのでは?
「なぁ、やっぱりお前んちの周りも調査したいんだけど」
この依頼を受ける際、妙子から一つ特殊な条件を付けられていた。
理由は両親との関係が良くないからだという。
ドッペルゲンガーの話も親は信じておらず、学校をサボる口実ぐらいに捉えているそうだ。
彼女は現在、友達の家に連泊していることになっている。
毎日親に連絡し、無事を報告しているため捜索願は出ない。……らしい。
だが俺のような人間が
それでも。
「ドッペルゲンガーはもう学校にも現れたんだぜ。
それに級友とコミュニケーションを取ってる。
奴の目的がお前の言う通り“
次はお前不在の家が狙われる可能性が高いって事だ」
「ドッペルゲンガーが家に来ればわかりますよ。
毎日連絡入れてるんですから。
もしそうなったら、家ごと爆破しちゃいますか!」
「……巻き込まれる人間が出るじゃねえか」
妙子は冗談交じりでのらりくらり、しかし頑として佐治江家周辺の調査を拒む。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。
まだ初日が終わったばっかりなんですから。
長い目で見ていきましょう?
いよいよってなったら、その時また一緒に考えましょうよ」
どうしても彼女は家族と関わってほしくない様子だ。
…まぁ、家庭環境なんてそれこそ人それぞれだし、ここはホ苑町だもんな。
出来る限り依頼人の要望は尊重していくか。
二十一時を過ぎた頃、事務所のチャイムが鳴った。
「では、私はこれで失礼します」
「トキちゃんは明日も来るの?」
妙子はすっかり打ち解けた様子でトキに尋ねる。
「はい、私は学校に行ってないので」
「いいなぁ。この件が解決したら、
あたしも学校辞めてここで雇ってもらおうかなぁ」
おいおい、勝手な事を言うな。
「二人も雇えないっての」
「いいじゃないですか。
住み込みの家政婦として!」
流石にそれは出来ない。キッパリとお断りする。
「住み込みで働きたいならトキんちに行けよ。
逢嶋家にはいるだろ、家政婦」
「……まぁ、お望みならおじいちゃんに話してみます。
けど、全然楽な仕事じゃないと思いますよ」
「ほんと!?やりたい!!
家を出られればいいの!
どんな大変な仕事でも頑張るから!!」
……ほんと、どんな家庭環境なんだろうな。この娘も。
ホ苑町カイ奇譚 パイオ2 @PieO2
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