第5話 もういた


依頼人の通っている学校の校門前で下校していく生徒に声をかける。


何度か空振りながらも聞き込みを続け、ノリの軽そうな二人組の女子生徒に声をかけた。


「ごめん、ちょっといいかな」


「えー、おじさん誰?」


「いや、全然怪しいモンじゃないよ。

 ちょっと聞きたい事があるんだけど」


「うそー、全然怪しー!」

「ねー。ルパンみたいな格好してるし」

「そう!ルパンだルパン!!」


「ルパンは全然こんなカッコじゃねーだろ!」


と、ツッコんでから気付く。


この子たちが言っているのは恐らく「次元じげん」の方だ。


次元もヒゲとか色とか特徴が違げーだろ!とツッコミたいところだがルパン三世と次元大介の違いもわかってない子供には伝わらないだろう。


俺の風体をいじってキャッキャはしゃいでいるし、こちらに対して警戒心はあまりなさそうだ。


「この学校にさ、佐治江さじえ 妙子たえこって子いるの知ってる?」


「知ってる知ってる。

 同じクラスだもん。

 フツーに友達だし」


来た!


「でも今日学校来てないよ」


それはわかっている。彼女はいま、うちの事務所にいるのだから。


俺が聞きたいのは彼女の周辺で変わった事が起きてないかという話だったのだが、それを尋ねる前にもう一人の少女が興味深い事を口にした。


「あたしさっき会ったよ」


「……え?」


「授業出てないけど、学校来てたよ。

 オカ研の部室行くって」


「さっきっていつ!?」


「いまいまいま。

 さっき、下駄箱んとこ」


それはおかしい。彼女は事務所で留守番中。ここに来るはずがない。


もしかして……もういた?ドッペルゲンガー!


「ねえ、今から呼んで来てくれない!?」


「ええ、面倒くさめんど!」


「お願いお願い!

 スイーツ代おごるから!」


女子高生に小遣いをちらつかせ、手を合わせて懇願する。


必死にペコペコ頭を下げる俺の背中にトキがどんな視線を向けているか想像すると恐ろしいが、これも仕事だ。


五千円札を手渡すと、少女たちはご機嫌な様子で校舎の方へゆっくり歩いて行った。


しばらくして先程の少女たちが戻ってくるが、妙子の姿は無い。


「もう帰っちゃったって」


ええっ!?


「嘘だろ!?

 さっき見たって言ったよね!?」


いくら何でも早すぎる。何をしに来ていたというのか。


第一俺たちはずっと校門前ここで張り込んでいたが、妙子らしき姿は見ていない。


「いやマジマジ。部室覗いてすぐ帰ったって。

 裏から帰ったんじゃない?」


彼女たちが嘘をついている可能性もあるが、証言を崩すなんて不可能だし出来もしない事に掛ける時間は無い。


いったん肌勘で彼女たちを信じて行動する。


裏門の場所を聞き、急いで向かう。


妙子らしき人物の姿は無い。


周囲を見回す。


裏門は狭い路地に面しており対面には高い金網フェンス、その向こうには水路が流れている。


見た感じ、正門に比べて明らかに利用者は少なそうだ。


佐治江さじえ家の方角から見てもわざわざ裏門を利用するメリットは無いように思える。


となると、人目を避けて敢えてこちらを利用したか。


「露骨に忍んで来てるって事は、

 “こっちの妙子”は『何か』を警戒してるんだよな。

 俺たちの存在に気付いて逃げ回ってるのか?」


「逆もありえますよね」


トキの言葉に、ハッとする。


「……本物の妙子を殺しに来たって?」


「可能性の話ですけど」


そうだった。


そもそもドッペルゲンガーが学校に来る理由なんてそれしか考えられない。


依頼人の殺意にあてられて加害者側の視点で見ていたが、向こうが依頼人に害為す存在と想定して対応しなくてはいけない。


その後、日が暮れるまで町を彷徨ったが、それらしい人物は見当たらず俺たちはその日の調査を打ち切った。


少なくとも佐治江さじえ 妙子が二人存在するという証言は取れたのだ。


初日の成果としてはよしとしよう。

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