第6章

第16話

 トラックに乗って四日目の夕方、とうとうメニラたちを乗せたトラックは砂漠を越え、ゼヴァーリに着いた。

 ゼヴァーリには古城があるため歴史的価値があると思われるが、やはり危険な場所として有名なのか旅行客らしき姿はほとんどない。看板が大きく出ているようなわかりやすい宿もない。途中で出会った男が宿を経営していると聞いた二人は着いて行くことにした。

 案内された場所はこの国によくある日干し煉瓦の民家で、一階が自宅、二階を宿泊用に貸し出しているらしかった。その白っぽい壁はさっきまでいた砂漠を思い出させ、あまり気の休まるものではなかったが、室内は案外快適だった。

 ラナロロはベッドに腰かけると、なかなか普段目にしない素直な笑顔を見せた。久々の壁と屋根と家具に囲まれた空間に安心したようだ。この家の婦人が出してくれた羊肉の料理も美味しそうに頬張っていた。

 ラナロロはまだ少し具合が悪そうではあったが、ポルデレルで寝込んだ時と比べるとかなり元気そうだった。初めは強がりではないのか疑ったが、熱もそこまで高くなく咳もないことがわかると、ようやくメニラも落ち着いた。

 翌日は市場に出向いた。朝は買い出しの客が多いのか、細い通路に人がごった返している。はぐれないように気を付けながら周りを見渡した。

 右脇の店では、黄色っぽい果実や紫色の野菜か果物かよくわからない植物が籠いっぱいに入って売られている。食料ばかりかと思えばそういうわけでもなく、目がおかしくなりそうな配色の絨毯が店先に並んでいたり、金物の器なんかが置かれていたりする。街並みは薄褐色だが、市場は案外カラフルで目を楽しませる。

「あれはなんだろう」

 ラナロロが指差したのは、斜め前にある店だった。

 店の前には四角い木の箱をずらりと並べており、その全てに同じ形状の粒が溢れんばかりに詰め込まれている。よく見ればその箱ごとに、中の粒の色が微妙に違う。褐色っぽいものもあれば、薄褐色というのか黄みがかった色をしたもの、少し青みがあって紫に近いものもある。何かの専門店なのだろうか。なかなか奇妙な光景ではある。

「なんだろうね。ちょっと見てみよう」

 近づいて見てみると、その一つ一つは萎びたぶどうのような粒だ。豆のように思えなくもない。店主がいれば聞けるのだろうが、不用心なことに見える場所にはいなそうだった。

 観光客の気分で市場を一通り見て回った後、メニラは武器を扱っていそうな店に入った。武器商人なら訪れていてもおかしくないと思ったからだ。

 しかし、果物ナイフや包丁から護身用の小ぶりなナイフまでを用意しているという店の主人は、首を振った。

「その爺さんは見てないな。この通り、うちは本格的な武器は置いてないから武器商人には物足りないかもしれない」

「なるほど。近くに武器がたくさん揃っている店はありますか?」

「この市場ではないが――」

 店の主人はそう前置きしてから少し遠くにある店を教えてくれた。しかし、残念ながらそこに出向いたことも無駄足に終わった。

 その翌日、翌々日も現地の人間に聞いて回ると、どうやらこの街に武器商人のお爺さんが来ているのは本当らしいとわかった。しかし、どこを探しても肝心の本人がいない。時間の経過とともに嫌な予感ばかり強まっていく。

 古城に向かったのだろうか。頭の中では、盗賊に捕まった武器商人が助けを求めている。トラックの中でも古城は危険だと言われたが、武器商人の安否がわからないまま引き返すのも胸の中にもやもやしたものを残しそうな気がする。行って確かめたいとメニラは思った。

 けれど同時に思う。ラナロロを危険な目に遭わせたくない。そもそも、瘴気の森、ギプタの山の中と、メニラはこれまでラナロロに危険を冒させてばかりだ。

 ゼヴァーリでの三日目の夜、ラナロロは何か大きなものを持って部屋に入って来た。

「何それ?」

「ランプ」

 胸の高さまで上げられたそれは、丸いガラスにそれを覆う金色の笠、そこから同じ色をした持ち手がついていた。少し擦れたような部分や小さな凹みがあって、新品には見えない。一体どうしたんだろう。

「下で借りてきた」

「へえ」

「使えるか一応確かめておこうと思って」

 言うと、ラナロロは火を灯した。ガラスの中でゆらゆらとオレンジ色の炎が揺れだす。

「大丈夫そうだ」

 少し周りを歩いてから、すぐに火は消された。その様子にメニラは首を捻った。夜の間に何か作業でもしたいのかと思ったが、歩く動作をしているところを見るに、少し違うらしい。

「何に使う用?」

「古城に。きっと薄暗いから」

 メニラは目を丸くした。

「古城に?」

 ラナロロはうんと頷いている。

 ゼヴァーリ人には散々危険だと言われている。トラップもあれば盗賊もいる。ラナロロも一緒に聞いていたのでわかっているであろうことを、メニラはもう一度説明しなおした。

 かなり真剣な顔をしている横で、ラナロロは笑った。

「でも行きたいんだろ?」

「そうは……思ってるけど……」

 その通りではある。しかし、多少の苦労を覚悟の上で薬を探したがっているのは、どちらかというとメニラの方であるし、知り合いでもない武器商人の安否が気になって仕方ないのもメニラだ。ラナロロはもっと安全な方法で薬を探すことだってできる。

 続きを言いかけるのを、ラナロロは遮った。

「それに、もう借りてしまった」

 メニラは優しい言い訳に、ため息をついた。

「行こう」

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