第12話
「依頼をこなせなかった」
ラナロロはそう言って薬屋の女主人に謝った。目の前に二つの「プラプラ」を置くと、女主人の眉は片方上がる。
これは帰り際に老女が渡してくれたものだ。たくさんはやれないことを詫びながらも、手伝ってくれた礼として貴重な果実を分け与えてくれた。
「日当たりのいいところで種を蒔いたら、栽培できるかもしれないと教えてもらったが……」
老女が書いた栽培のコツのメモを手渡して去ろうとした時、女主人は二人を引き留めた。
「どこ行くんだい。報酬は」
「数が足りてない」
「代わりにこのメモがあるじゃないのさ。いちいち依頼するよりも自分の店で採れるようになれば利益になる。ありがたい話だよ」
女主人は報酬の入った袋を差し出すと、また来るように言って手を振った。
「かなりもらった」
信じられないという様子で言うラナロロにメニラも頷く。
「今日は少しだけ贅沢をしよう。もう過ぎてしまったけれどメニラの誕生日を祝いたい」
「誕生日?なんだか悪いなあ。ラナロロはいつなの?お祝いさせてよ」
「次はうんと先だ」
ラナロロは眉を下げて首を振った。
そうだ。いつまでもこうやって一緒にいるわけじゃない。初めからそんなこと知っていたはずなのに、改めてそれを考えるとメニラの胸はちくりと痛んだ。
「ギルドの寮の部屋で酒を飲んだ日があっただろ。あの日だ。メニラのおかげで楽しかったから、あれが祝ってもらったってことでいい」
「もしかしてあのボトルはお祝いのお酒?」
「ああ」
オレンジブラッドの酒。柑橘類を思わせる髪をしているラナロロへの贈り物と考えると、メニラは納得がいった。
「じゃあ、あの日初めてお酒飲んだの?」
「ギプタでは二十歳で成人だからな」
よかった。メニラは思った。酒に酔った時のあのあどけないような姿を、他の人に見せたくない。そんな勝手なことを頭の隅で考えている。
「ラナロロ、調子は?」
尋ねると、ラナロロは額に手を当てた。
「多分大丈夫だ」
そんなことを聞いたのは、昨日からラナロロが体調を崩しているからだ。少し喉の痛みがあるのと頭痛がある。
「今日はたくさん食べてゆっくり休もう」
そう言った時、メニラはそこまで深刻に考えていなかった。ただの風邪だと思っていたのだ。
けれど、翌朝にはそれが間違っていたことを知った。いつもなら起きている時間を過ぎても顔を出さないから心配してドアをノックすると、明らかに顔色が悪いラナロロが現れる。
「寒くて」
枯れた声でそう一言だけ言ったラナロロの視点はどこかずれている。これはまずいと思ったメニラは、医者に診せようと提案した。初めのうちは渋っていたラナロロだが、会話をするのも体力を消耗するのか最終的には頷いた。
メニラは宿の主人に町医者の所在を聞くとそこへ走っていった。事情を聞いた町医者は温厚そうな顔で頷いて、すぐにメニラに着いてきてくれた。
「ラナロロ、入るね」
一応声をかけてから預かっていた鍵で部屋に入ると、ラナロロは布団を握りしめて目を瞑っていた。肩を叩くと、薄らと目が開く。
「メニラ……、ありがとう。自分で話はできるから、隣の部屋に戻っていてもらってもいいか?」
一瞬怪訝に思う。確かにメニラは他人ではあるが、今後何日か看病が必要ならそれをする人間でもある。症状について知っておいた方がいいと思った。
しかし、メニラは数秒の間の後にはラナロロの言葉に従って自室の扉を開いた。そこに背中を寄りかからせて深く息を吐く。
好奇心で何か探ろうとしてはいけない。ついこの前反省したばかりなのに。疑問と自己嫌悪、不安が渦巻く。その渦を止めたのは、隣の部屋のドアが開く音だった。メニラはすぐさま廊下に出た。
部屋の前に立っている医者の反応は、メニラの予想の範囲にはなかった。なんだか疲れているような、辟易しているような、そんな表情。医者は、メニラと目が合うと、ため息を吐いて自分の顔を上から下に撫でる。
人の良さそうな笑みを浮かべていた人物と同じだと思えない態度に、メニラは不信感を抱いた。すれ違いざまに低く告げられる。
「瘴気の病だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます