第5話:焼けたお醤油と潮風

夫の運転で春の城ヶ島に行った。

長い城ヶ島大橋を渡っている途中、思いもかけず僅かな 記憶が蘇る。

この橋を、幼い頃にも渡ったような気がする。


若い男の人、ぎゅうぎゅう詰めの車内、なぜか怒る若い女の人

焼けたお醤油のにおい…。

サザエか焼いたイカを、父が食べて笑っていた気がする。

うっすらとした輪郭と、なんともいえない香ばしいにおいの感覚が ゆっくりと結びついた瞬間に、こころの奥が つん とする。


そんな話を母にした。


母たち姉妹の幼い頃、祖母は三人の幼い娘を連れて、城ヶ島にある小さな祠に

毎月お参りに行っていたという。

遠洋に出た祖父の無事を祈っていたのだろう。

小さな赤い鳥居まで渡し船で渡り、こころばかりのお供えを供え、深く深く頭を下げる祖母の背中を見ながら、丁寧に丁寧に ちいさな手をあわせていたという。


うっすらとした輪郭を手繰り寄せながら、潮風のにおいの感覚がゆっくりと結びついたのだろうか。

母も つん とした顔をした。


母は父を怒ったことは、あまり覚えてはいなかった。

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