第2話:割れたスイカ

自分の中にある一番古い三浦海岸の記憶を手繰り寄せてみる。

小学校に上がる前だったような気がする。

大岡駅から御殿場線に乗り

沼津駅から東海道線で大船まで行く

大船駅からは横須賀線で久里浜に出て

国鉄の久里浜駅に着いたら京急久里浜駅の乗り場まで外を少し歩く

そこから京浜急行に乗り換えて三浦海岸駅に着いた。

幼子には遠いとおい旅路だ。


電車の中ではきまって兄とけんかをする。

理由はくだらないこと。

どちらが窓側に座るかの戦いや、どちらが祖父の真後ろを歩くかの争い。

ゲームやスマホなんてない時代だったから、退屈しのぎによくしゃべった。

楽しく始めたはずのしりとりでさえも、けんかのタネになる。

豊かすぎる時代ではなかったから、買ってもらうチョコレートは二人でひと箱。

少しでも多く食べたいふたりは、なかよく分けることもできない。

おにいちゃんはずるい。いもうとのくせに生意気だ。ばーか。ちーび。

口では勝てない兄はすぐに手が出る。そんなことでは負けない妹。

喧嘩ばかりする幼い兄妹を、祖父はよく連れて歩いた。

迷子になるなよ、それだけしか言わなかった。


三浦海岸駅に着いた頃には、長旅と喧嘩の疲れでふたりともぐったりだった。

もう歩きたくないなと思っても、歩くしかない。

はやくしろよ、兄が時々立ち止まって待っていた。


パチンコ屋とスイカ畑のあいだの細い小路。

大きくなりすぎて割れてしまったスイカは、収穫されないまま腐ったにおいがした。

割れちゃってるね、もったいないね。

でもあっちにはスイカの赤ちゃんががあるよ。

割れないで大きくなるといいね。

ちいさな歩幅で、祖父の後ろをふたり一生懸命歩いた。


子供だからといって、あまり甘やかされない時代だった。

ベビーカーに乗っているこどもは少なく、うらやましがると

「あれは赤ちゃんの乗り物だよ」と言われた。

私はもう赤ちゃんじゃないから、眠いけどがんばる。そう思ってふらふら歩いた。

こどもは切符代を半分しか払っていないのだから、席に大人が来たら立ちなさい。

そうもよく言われた。

料金を払わない幼児は大人の膝の上に座る。

大人もきっと大変だったことだろう。


三浦海岸の小さな家の玄関を入ると、祖母の作るあたたかくておいしそうなごはんのにおいがした。

いつのまにか、けんかは終わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る