三浦海岸ものがたり
花尾歌さあと
第1話:鉛の鉄砲玉
祖父は遠洋漁船の機関士だったと聞いた。
祖母と結婚し、母が生まれ、故郷の徳島からドックのある三崎漁港に近い三浦海岸の海辺に居を移した。
母は父と結婚し、父の生まれ故郷の静岡に住むことになった。
私たちの幼稚園や学校が休みに入ると、祖父が電車に乗ってやってくる。
そして幼い兄と私の手を引き、三浦海岸の家に連れて帰った。
春・夏・秋・冬。
祖父が来てくれる日がいつもとても待ち遠しかった。
兄が生まれてすぐに、祖父は船を降りたらしい。
船は一年に一度、お正月にしか帰港しない。
子煩悩な祖父にとって、自分の子供の傍にいることができない日々はとてもつらかったのではないかと思う。
だから初孫の成長は近くで見届けたかったのかもしれない。
祖父の脛には、戦争で撃たれたときの鉄砲玉が入っていた。
時々、その膨らんだ脛を触らせてくれた。
痛い?と聞くと、痛かったよ、と言った。
あまり多くを語らない人だった。
祖父が亡くなり、火葬したあとには、骨と少し溶けた鉛の鉄砲玉が残った。
祖父がいなくなった三浦海岸の家から、はじめてお線香のにおいがした。
私の知らない違う家になってしまったような気がした。
祖父の他界後、祖母は三浦海岸の家に39年暮らした。
丁寧に手入れをしながら倹しく暮らしていた祖母の姿を思い出す。
いつのまにか、お線香のにおいは日常のものになり、39年の間、変わらずそこにあり続けた。
海に近いその小さな家は昨年人手に渡り、あっという間に更地になった。
数えきれないほどの思い出が、瓦礫とともに搬出されたのだろう。
どこかの家が壊されている様子を見ると、今でも胸が苦しくなる。
ひっそり、ゆっくり時間が流れて、私たちは大人になった。
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