女だらけの現実世界

第40話 病院から始まる現代生活 Ⅰ


 見知らぬ部屋に仰向けに寝ている。


 口には酸素マスクが取り付けられており、腕には複数の点滴が刺されていた。


 閉じられた瞼の上に覆い被さるように生暖かいタオルが置かれ、医師と思われる男性の声が聞こえてくる。


『二十二時、七分三十秒、ご臨終です』


 俺は死んでいる。いや、厳密には経った数秒前まで死んでいたのだ。


 耳を最大限に活用しながら様子を伺う。俺の横には父ちゃんと母ちゃん、そして妹の夏美が身を寄せ合って悲しむ姿が想像できる。父ちゃんは苦悶の表情を浮かべ、母ちゃんはベッドに顔を埋めて泣きじゃくっている。


 そんな中、妹の夏美が何かに気付いたようで、俺の死体を指差して口を開く。


『兄ちゃんが動いてる』

『えっ……拓ちゃんの心臓はもう止まっていたはずじゃ……』

『そ、そんな馬鹿な』


 俺は現実世界に戻ってきたと認識して、我慢が出来ずに動いてしまった。近くで皆が嘆いているというのに、ベッドの中で止まり続けるなど不可能だ。


 俺は薄く開けていた目をしっかりと見開いて、病院のベッドに寝転がっていた体を起こす。被さっていたタオルがポロッと落っこちて、クマの付いた疲れた顔面があらわになっていた。


 その場に居合わせた三人、そしてドクターやナース全員が驚いていて、悲しかった雰囲気が一気に混乱と疑問に書き換わる。


 俺を担当していたと思われる医師が口を開く。


『小森君……一体どうして……こんな奇跡みたいな現象が起こるとは』

「おはようございます」


 声もしっかりと正常な働きを見せて、相手に言葉を伝えることが出来た。


 異世界とはまた違ったリアルな感覚に襲われて、若干ながら頭が痛い。しかしこれは紛れもない現実であり、異世界からの異世界転生を成し遂げたのだ。


 勇者アルトとしてゲームの異世界を楽しんでいた俺は、神の頂上的なチート能力によって、この地球に再び生を授かった。


 小森拓郎、奇跡の復活である。


『拓ちゃん、本当に無事でよかった』

『俺の息子が帰ってきてくれたんだ』

『お帰り拓郎』


 三人は喜びの余り泣きながら俺を祝福してくれている。今思えば家族の事を気に掛けることもなく、俺はポックリと逝ってしまったんだった。こうしてまた会えて、密かに涙腺がジーンときている。


 疑念から喜びの感情へと周りが切り替わる中、ブルブルと振動を繰り返す物がある。ベッドの横の荷物置き場には、俺のスマホが置かれているのだが、何やら画面が光っている。誰かから新着のメッセージが届いているようだ。


 スマホっていう機械を久しぶりに見た俺は、慣れない手付きで本体を手に取りタップする。もはやタップという言葉すらすぐに出てこない始末だ。


 スマホのロックを外してホーム画面を開く。エリシアちゃんの画像が設定されているが、小森拓郎は既に会っているので、画像程度では何とも思わない。


 メールのアプリをタップする。会社に務める父、高校に通う妹、他県に住んでいる親戚達、あらゆる人が俺を心配してメールを送ってくれていた。

 

 その中で一際目立つ、不謹慎な件名のメールが一番上の新着に確認できる。今受信したメールだ。生死の境を彷徨う人間に対して『警告』、これは違和感でしかない。


 メールの本文を開いて内容を確かめると、送り主は『ゲームマスター』と表示されており、ズラッと敷き詰められた文章が並んでいた。


 ゲームマスターが何者なのかは知る由もないのだが、ディルナッド戦記に関わっている誰か・・ということだけは間違いないだろう。


 俺は恐る恐る、上から下まで書かれている文章を確認していく。

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