第16話 吟遊詩人リディア Ⅲ
木造住宅の小さな家がズラリと並ぶ景色。モンテローズ城周辺の豪勢な風景とは掛け離れている。
今日は城下街の中でも貧民街と呼ばれる特殊な地域に来ていた。盗賊家業を生業としている者や、体の病気や精神疾患を患い、まともに労働ができない民が多く暮らす地域である。
「異世界にも貧富の差ってあるんだな」
そんなことを考えながら道を歩いていると、聞いた通りの場所で、路上ライブを行う女性を発見した。
場違いとも取れる情熱的な女性の歌は、貧困に喘ぐ彼らにとって勇気と希望を与えてくれると聞く。
定期的に貧民街に訪れる彼女の名は、リディア・スタークス。密会によって仲間に引き入れた吟遊詩人である。
リディアのファッションを簡単に説明すると、ヘソ出しルックの短いジーンズで、美しさとカッコ良さを兼ね備えた感じ。
俺は公演を終えた直後のリディアに、後ろからいきなり声をかけた。
「よっ! リディアちゃん!」
「わぁっ、ひ……久しぶりだな」
「昨日ぶりだけどな」
だいぶ驚いた様子のリディアだったが、すぐにいつもの態度へと戻った。
「やっ……やっと来たんだなアルト! もうライブ終わっちゃったぞ!」
「ごめんごめん。昨日は慌ただしくて、起きるの遅くなっちゃったんだ」
先日の脱衣所から抜け出す直前に伝えられたこの場所。『お前がよければ見にこいよ』ってことだったから、約束通りに来てあげたんだ。
「ラストの一曲しか聞けなかったけど、儚い恋愛ソングだったじゃん!」
「まあな。こういった曲は結構人を動かす力があるんだ」
リディアがこんなに歌が上手いとは思ってなかったし、本当に心の籠った人を惹きつける曲だと感じたよ。
俺の記憶が正しければ、リディアはエリシアと友達設定だったと記憶している。
「エリシアとは仲良いんでしょ?」
「親友に近いな! ウチも最初は驚いたけど、エリシアが視察ついでに来てくれてさ。そこから意気投合したってわけ!」
エリシアは明るい世の中を目指したいと言っていたし、本心からそう願っているんだと改めてわかった。
(さすがエリシアちゃん!)
◇
『キャーー!!』
突如として大きな悲鳴が貧民街に広がり、居合わせた人々が一斉に目を向ける。
皆の視線の先には、持っていたカバンを引ったくられ、膝から崩れ落ちている女性が確認できる。女性は無言ながらも逃走する盗賊を指差していた。
「盗賊団の下っ端か……リディア! 俺たちでとっ捕まえよう!」
「おっけー! ウチに任せなっ!!」
—————— 調教開始 !!
任せろと言い放ったリディアだったが、逃げる犯人を追いかけようとはしない。何故その場から動かないのか。それは、彼女の特殊な能力を発動させる為だ。
リディアは大きく息を吸い込むと、腹の底から力を込めて歌を歌い始める。歌というよりはメロディーを奏でているようだ。
《
『♬〜♬〜♬』
犯人は一瞬立ち止まり目をこすっただけで、再び引ったくったカバンを持ちながら逃走を続ける。
さすがに距離が遠すぎるな。ここは俺のバフでサポートしよう。リディアの放つ音波の射程範囲を伸ばさなければ。
———— 範囲拡張 !
「少し変化は感じたか?」
「何だこの力……声がもっと……先に先に届く! めっちゃ気持ちよく歌える!!」
『♬〜♬〜♬〜♬』
メロディーの射程範囲が大幅に伸び、盗賊の鼓膜へと流れ込んでいく。
催眠音波をモロに受けた盗賊は、あっという間に昏睡してその場に倒れ込んだ。
「楽勝だったな!」
「……こんなに伸び伸びと歌えたのは初めてかもしれない」
貧民街の住民達の歓声が巻き起こる中、リディアはグッと来る感情をあらわにしてガッツポーズをする。
「ウチの力を何倍も底上げしてくれた。お前ほんとすげーよ!」
ひとえに俺の力だけではない。彼女の正確に歌を届ける力がすごかったから成せた技だ。
「対象を絞り込めるリディアの力があってこそだよ!」
「あぁ! そう言ってくれると嬉しい!」
盗賊は駆けつけた騎士に担がれて運ばれていった。
◇
「……何だかひとっ風呂浴びたい気分だなぁ。めっちゃ汗かいちゃったし」
汗で濡れたTシャツが体のラインに沿ってくっ付いてるな。腰周りの肌が露出してるから、セクシー感が半端じゃない。
「じゃあ城下街の温泉にでも入りに行こうぜ!」
「賛成! ウチもさっさと汗流したいわー」
てな訳で温泉に着いたんだけど、リディアは頑なに更衣室に入ろうとしないんだ。せっかくの混浴風呂なのに何で? どうして?
「お前これ狙いだろ! ウチを謀ったな!」
「前にも質問したけどさ…………お前……本当は恥ずかしいんだろ? 大丈夫だって。リディアが女の子っぽいことは秘密にしとくから」
「ウチは……別にそんなんじゃ……女だし……」
段々声小さくなってるぞ。さっきみたいに声張りなさい。
混浴風呂とはいえ、さすがに更衣室は別々なんだけど、体を洗う場所や風呂は完全なる男女兼用。
今回は言われのない批判を浴びることもない。何故なら…………混浴だからだ。
『ガラガラガラ——』
温泉へと続くシャッターを開く音。ついに聖域の扉が開かれる。向かって反対側からも同様に————。
「何だかんだ言って結局温泉入るんだな!」
「まぁな…………汗流さないと……汗臭いだろ……?」
(なんか前と隠すタオル違うな)
「あれ? 確かリディアって短いタオルしか使わないんじゃなかったっけ?」
「うん……だって……見せもんじゃないし……」
もう完全に隠しちゃってるじゃん。とはいえこの焦ってる感じ、普段とのギャップが堪らないんだよね。
「あんだけ見たんだ……もういいだろ……! だから代わりと言っちゃなんだが……背中流すくらいならやってやる」
「じゃあ頼んだ! しっかりと石鹸でゴシゴシ洗って流してくれよ!」
その後、結局リディアは端っこの方で体を洗い、温泉に浸からずに上がってしまった。
「あっ、そういえば忘れてた」
温泉から上がり、以前交わした約束通りにコーヒー牛乳を奢ってあげた。
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