第10話 魔女エレナ Ⅰ

 




 俺とユカリは魔王軍幹部との決戦の舞台へと向かうため、モンテローズ王国領地内に広がるエリナス大平原へと歩みを進める。


「魔王の側近である 魔女・・が、もう目と鼻の先まで来ているようです。私たちも国の入口に向かいましょう!」


 魔女エレナ・・・。遠距離魔法を得意とする魔法使いで、物理的な攻撃が一切当たらない曲者だ。プレイヤーの間では最初の難関とも呼ばれ強敵認定されている。


 忘れもしない。この女には大変手を焼いたんだ。セーブを忘れて最初からやり直したこともあったか。


 そんな煮湯を飲まされた過去の出来事を考えつつも、俺の闘志は漲っていた。


「よっしゃあ! 待ってろよ魔王軍! 俺の調教を駆使して撃退してやるぜ!」


「ところでアルト、ヤケにテンションが高いようですが、何かいい事でもあったんですか? 凄いイヤらしい顔になってますよ!」


 顔が緩み切っているのがバレてしまったのか。そりゃあんな間近で見てしまったらね。神でも耐えられない。


「そりゃもう、凄かったんだぞ! ユカリとはサイズ感が大違いで……」


「はぁ。あなたの頭にはおっぱいしかないのでしょうか。それに、私のと比較しないでください」


 ハーレムは順調に出来上がっている。バストのサイズを比較できる程にな。


「毎朝の朝食に牛乳を組み込みなさい。そうすれば成長するかもな!」

「うぅぅっ……」


 他愛もない話をしつつ、小走りで平原へと向かう。




 ◆◆




 静かな雰囲気の城下街を抜け、二人はエリナス大平原に到着した。


 既にたくさんの冒険者や兵士が巨大な門の前に陣取っており、武器を手に取り待ち構えている状況だ。


『————————』


 国全体に警報が鳴り響く。


『魔王軍の襲来です。市民の皆様は、速やかに安全な場所へ避難してください。繰り返します。魔王軍の——————』


 地平線に見えるはおびただしい数の軍勢。魔王軍と思しき無数の魔物を引き連れて————魔女は姿を現した。


 列を成して進行する軍勢の中心に、何やらフワフワ浮いているほうきに跨った女性の姿が確認できる。


 ユカリは近付いてくる魔女を見ながら言葉を発した。


「あれが魔王軍幹部の一角。魔女エレナ・・・・・です! 強敵です、注意して下さい!」


 偉そうな小娘。我儘な魔女。魔法少女。界隈では数々の異名を持つ女。多くのプレイヤーを困らせたボスキャラだ。


「まずは様子を見よう。戦いの準備をしといてくれ!」


「はい! お任せください! 一撃デカいのお見舞いしてやりますよ!」


 魔女エレナ率いる軍勢は一旦進行を止めて、俺たち全員に向かって命令口調で言い放つ。


「アンタ達! 大人しく魔王様に従いなさい! 抵抗するなら容赦はしないわ!」



 ◇



【 エレナ 】


 幼少期から魔王に忠誠を尽くす魔女。18歳。遠距離魔法の使い手。


 マロンベージュのロングヘアー。甘めに編んだ三つ編みの先端には紫色のリボン。頭にはハロウィンで被るような大きい魔女帽子。


 太ももまでの薄手の黒タイツ。ヒラヒラの黒いスカート。黒いブーツ。如何にも魔女といった感じの装い。かぼちゃのぬいぐるみを引っかけている。



 ◇



 ほうきに跨り空中に浮遊するエレナは、高みの見物を決め込み、とんでもなく偉そうな態度で魔王軍に指示を出す。


「あくまでも敵対するつもりね! いいわ、行きなさい! アタシの従順なるしもべたちよ!」


 指示と同時に魔物の軍勢が押し寄せるが、味方陣営も襲いくる敵を懸命に迎え討っていた。


 雑魚は俺が相手をするまでもない。魔物の相手はモブに任せて、狙うは魔女エレナただ一人。奴を落とせばこのミッションはコンプリートだ。


「こっちを見ろ! お前の相手は俺たちだ!」


「アンタがこの地に降り立ったっていう勇者ね! 噂は魔王様から聞いてるわ!」


「ああ! 魔王を打ち倒すためにこの世界にわざわざ来たんだ! 覚悟するんだな!」


 エレナは俺を嘲笑いながら言い放った。


「アンタ——————! 今からアタシの奴隷になりなさい! 調教してあげるわ!」


(ハハっ。何をバカなことを。調教するのは俺だ……エレナちゃん)


「準備は出来てるか?」

「はい! ユカリ————行きます!」



 ———————調教を開始する!



 俺の掛け声と同時に、広範囲に形成されたフィールド。このフィールド内に存在するキャラクターには様々なバフを付与することができる。


「————身体強化フィジカルブースト !」


 親密度MAXであるユカリの攻撃力は最大となり、自身のステータス値の限界まで上昇。


 ユカリはメリケン付きの拳を突き出し、エレナ目掛けて渾身のパンチをお見舞いする。その拳はくうを切ってしまったが、勢い余って地面に打ち付けられるパンチによって大地に亀裂が入ってしまった。


 ほうきに乗ったエレナは素早く上空へと飛び、俯瞰ふかんした顔で見下ろしていた。


「威力だけは凄まじいわね。でも当たらなければ意味はないわ!」


 エレナは遠距離タイプの魔法使いであり、近距離物理お化けのユカリとは非常に相性が悪く苦戦を強いられている。


「フフフっ、甘いわね! 今度はこっちから行かせてもらうわよ!」


 ——————雷玉サンダーボール !


 電気を帯びた球状の塊が、ユカリ目掛けて襲いかかる。高速で放たれた雷玉は、ユカリに直撃してしまった。ユカリは膝をついて呼吸が荒くなっている。


「あぁっ……うぅん……はぁはぁ……」


「くそっ、大丈夫かユカリ! しっかりしろ! まだ戦えるか?」


「はい……ビリビリして……はぁはぁ」


「……お前……今感じてただろ。なんか嬉しそうだぞ」


 全く心配して損したぜ。

 だがこのままではジリ貧だ。密会を発動するにも、半径三メートル圏内まで近付く必要があるから、発動条件を満たすのが難しい。であるならば……。


「————身体硬化フィジカルディフェンス !」


 防御力を上昇させるバフで、ユカリの体はサイボーグ並の鉄壁と化す。雷を幾度も受けるが強靭な鋼の肉体によって弾き返されてしまった。


「もうっムカつく! アンタの体どうなってんのよ!」


 エレナは異常な強さのユカリに狼狽ている。簡単に制圧できると踏んでいたようだが、俺たちは今やラスボス手前まで進めたステータス値に近い。


「上空にいるなら、打ち落とすだけです! ヤァぁぁっ!!」


 空中をウロつくエレナに対し、服に忍ばせていた砲丸と思われる鉄球をぶん投げるユカリ。間一髪の所で回避したエレナだったが、表情に余裕はない。


「なんてパワーなの。あのメイド攻撃力がおかしいわね」


 しかし、ユカリが所持する鉄球は限られている。しっかりと狙いを定めて確実に仕留めなければ意味がない。


 白熱した接戦を繰り広げるユカリと魔女エレナ。果たして勝負の行く末は————。



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