第8話 吟遊詩人リディア Ⅰ

 


 城内がいつも以上に騒がしい。廊下でバタバタと慌ただしい足音が聞こえる。


 そんな喧騒によって目が覚めた俺は、魔王軍幹部との決戦に備えるため部屋を出た。


「起きたのですね。少し予定より早いですが、魔王軍がこちらへ向かっているようです」


 廊下にはメイド服姿のユカリが立っている。日頃着用しているこのメイド服には、あらゆる武器が仕込まれているらしい。サイボーグと呼ばれるだけはある。


「おはようユカリ。みんな大変そうだね」


「はい。幹部が来るのは久しぶりのことですから。準備してきたとはいえ、やはり緊張感が漂っています」


 確かに強力な相手ではある。モンテローズ王国の正面に広がるエリナス大平原に、1000を超える軍勢を引き連れてやってくるのだ。


 そこに現れるは勇者の俺。育成したヒロイン達の実力を発揮させるに相応しい局面だ。


「勇者である俺が来たからにはもう大丈夫! ユカリは安心して身を委ねればいい」


「カッコイイ……。私、何だか興奮してきました」


 所々に卑猥な単語を並べてくるのはご愛敬。だんだん慣れてきてしまっている自分が怖い。


「ところでエリシアは何処に行ったの?」


「はい。エリシア様はお着替えをなされておいでですよ」


「どこでお着替えしてるのかな?」


 勇者の俺を差し置いて、一体どこでお着替えをしているのだろう。絶対に見ないから自分の部屋で着替えればいいのに。


「女湯の脱衣所ですが……まさかとは思いますが、覗きに行こうとか考えてませんよね」


「えっ……あっはは、何バカな事言ってるんだよユカリ。覗きとか大人のやることじゃないから!」


 この城には何故か大浴場がある。露天風呂付きで、天然の綺麗な湯が循環しているんだ。残念なことに、男湯と女湯に別れていて覗くことは基本無理。


 まあ待て。本題はここからだ。


 ある種の裏技なんだが、脱衣所には緊急時の避難経路として作られた秘密の抜け道が存在する。料理長が覗きを行った方法がまさにこれだ。


 本来は料理長が愚行を犯す為だけに用意された通路。今度は俺が利用してやる。


 王位継承権第一位エリシア・モンテローズの裸体が見れてしまう禁忌の攻略法なんだ。




『ジーっ』


 ユカリの鋭い視線が痛い。


「こないだの嫌らしーい寝室・・で、私に上半身の脱衣を強要したアルトを信じてあげましょう」


「おいっ! 何カミングアウトしちゃってんだよ! 俺の好感度を返しやがれ!」


 決戦の日になんて大それた事を言うのだろう。これだから後先考えない小娘は……。


 また少し機嫌が悪くなっているユカリ。さっきと明らかにテンションが違う。モテる男は大変なんだな。


「敵が到着するまで、まだ少し時間があります。私は城内の清掃が残っておりますので、これで失礼します」


「了解! また後で合流しよう!」


 さて、幹部との決戦まであまり時間がない。準備不足でやられたんじゃ話にならないんだ。勝利するには英気を養う必要がある。


 俺は三代欲求の一つを満たすため、脱衣所の隠し通路へ向かった。



 ◇



※ 良い子の皆は絶対にマネしてはいけません!



「確か……ここかな?」


 城の一階に位置する大きな書庫。あらゆる分野の書物が所狭しと並べられている。


 一番右奥の本棚から数えて三つ目の本棚の裏に隠し通路があるはず……。


「よいしょっと……」


 上から三段目の不自然に分厚い本を押し込むと、本棚はドアみたいにパカっと開いてしまった。


 秘密の通路は手が付けられていないのか、歩く度に埃が舞散っている。誰かが通った形跡は全くない。


 薄暗い通路を道なりに進んでいくと、前方に扉が見える。


「もう少し……もう少しだ……」


 もはや幹部のことなど頭にはない。血液が逆流を始め、呼吸が徐々に荒々しくなる。


「これも英気を養うための下準備。めちゃくちゃ不本意ではあるんだけど……拝ませてもらうとしよう」



 ◇



 天井裏から飛び降りた先は、個室っぽい洗面所。カーテンで仕切られており、ドアがないタイプの部屋だ。


「風呂上がりに化粧とかするための場所なのかな?」


 見慣れない個室に物珍しさを感じていると、誰かが鼻唄を歌いながら歩いてくる。



『♪~♪~♪~』



(ヤバっ、誰かくる。エリシアちゃんなのか? でも声違くね?)


「ふいー気持ちいいお風呂だった。ドライヤーで髪乾かさないとだな!」


 一世一代の大ピンチ。徐々に足音が近付いてくる。


(隠れる場所、隠れる場所……有るわけないし、屋根裏まで戻る時間もないぞ!)



『♪~♪~♪』



 鼻唄を歌いながら歩く女性は、変態が潜んでいることも知らずにカーテンをスライドさせた……。



 ◇



 その女性はエリシアではなかった。


「あっ……あハハハ……どうも、勇者のアルトです……!」


「おっ、兄ちゃん覗きか? どんだけ溜まってんだよ!」


 笑いながら片手でコーヒー牛乳を飲んでいる。水滴の付着した髪の毛が、風呂上がりのリアル感を醸し出していた。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 俺の視線は胸部一点に集中している。張りのある二つの肉塊以外、頭には何も入ってこない。


「お……おお……おっぱい見えちゃってますが……丸見えなんですが……」


 腰にタオルを巻き付けた、上半身丸出しの超絶ボイン・・・な女性。隠すつもりがなく、恥じらう素ぶり一つ見せない。


「あぁ、気にすんなって! ん? どうした兄ちゃん、固まっちゃって」


 男の夢がたんまり詰め込まれたおっぱいを目の前に、動揺が隠しきれていない。


 果たしてこの女性は一体何者なのか?


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