第7話 エリシアの涙

 


 明日は魔王軍幹部との熱き戦いが始まる。


 だが、決戦の前にやっておかなければならない事が二つある。エリシアとの親密度を上げるための重要なイベントだ。


 始めに言っておく。エリシアに対して密会とかいうゲスい裏スキルは使用しない。正攻法で攻略させてもらう。



 ◆◆



 城の屋上で一人悲しげに佇む美少女がいた。


 満点の星空を見上げる姿が月夜に照らされる。照らされた僅かな明かりの中、地に堕ちゆく一粒の涙……。


「どうしましょう……わたくし、もうお嫁にいけませんわ……」


 エリシアは泣いていた。


 普段絶対に見せることのない泣き顔。美貌に満ちた彼女の顔をここまで変えてしまったのは誰だ……誰なんだ……。


 ああ。俺は知っている。ソイツの顔を見る度に、俺はゲームのコントローラーをぶん投げてキレていたんだ。


「今夜は積年の恨みを晴らすため、料理長の顔に立派なゾウさんの落書きをしてやる。一週間消えない油性のマジックペンでな!」


 この男の犯した罪は、大浴場の脱衣所にて、エリシア嬢の覗き行為を実行したことだ。


 世の男性の悲願とも言える、エリシアの裸体鑑賞を行った忌むべき罪人だ。決して許されることではない。


 後々この事実は明るみとなり、牢屋へ投獄されるのだが、その前に俺自らの手で罰をくだしてやる。


 俺は並々ならぬ決意を固めていた————。



 ◇



 エリシアは入浴に行ったっきり部屋に戻ってきてはいない。おそらく屋上で啜り泣いているのだろう。


「今行くぜ、愛しのエリシアちゃん」


 部屋を飛び出し廊下を駆けていく。分厚いガラスで造られた透明な階段を上り、城下の景色が一望できる屋上へと足を踏み入れた。


「エリシア様!」


 エリシアは涙を拭いながら振り返った。うるんだ瞳で悲しみの表情を浮かべる姿が、切なさを際立たせている。


「アルト……様?……こんな所でどうかされたのでしょうか?」


 俺に悲しんだ顔を見せまいと気丈に振る舞っている。強がっているのが見え見えだ。


「涙の跡が残ってるよ。何か辛いことでもあったのか? 俺でよかったら相談に乗るよ」


「うっ……申し訳御座いません。みっともない姿をお見せしてしまいましたね……」


 さて、ここは本人の口から真実を語ってもらおう。赤裸々に語ってくれると股間が喜ぶ。


 否だ。そういう不埒な理由じゃない。ゲーム知識で最初から知ってることがバレたら、有らぬ疑いをかけられそうだからな。


「さあ、遠慮しないで話していいよ。俺がちゃんと聞いてあげるから」


「うっ……うっ……わたくし……もうお嫁に行けません……!」


(何これ可愛すぎ! ギャップ萌え半端ない! 唇ぷるぷる震えてるし!)


 冷静になるんだ。今はエロい妄想を膨らませている場合じゃない。頼り甲斐のある男を演じることに集中せねば。


「心配しないで。全部聞いてあげるから。ほら、言ってごらん。大丈夫、誰も聞いていないよ」


「わた……わたくしの……大事な……大事な……」


(大事な? 大事な何を見られちゃったのかなぁ?)


 下半身の五重の塔が、ひっそりとうごめき出している。



 ◇



「大事な日記帳を見られてしまったのです」


「……」


 いや、マジ純真過ぎて心が痛いわ。


 俺の行動でストーリーが変化してるんだろうな。日記帳って……まるでショック度の重みが違うからね。


 世界線の変化に戸惑いつつも、俺はなだめるように声をかける。


「自分の知られたくない過去を見られちゃったんだね。だけど、良い思い出も嫌な思い出も、全部引っくるめて、今のエリシア様があるんだと思うよ!」


「はい。そうですね……おっしゃる通りだと思います……! アルト様は、やっぱり優しい人です。わたくし、その言葉に感激いたしました」


 自分でも、かなり上手く焦りを誤魔化せたと思う。


 でもまあ、エリシアに少しだけ笑顔が戻ったから良かったかな。



 ◇



 幼い頃から書き留めていた日記帳がある。


 エリシアが見られて恥ずかしかった内容。それは、トイレを我慢していたエリシアが限界に達してしまったらしく、城の近くでお漏らしをした話。


 ちなみに7歳とか8歳の頃だとか。全然気にする必要なし。余裕でお嫁に行けるから大丈夫。


 今回の件は、ゲームとの内容が異なっていたばかりに、無用な妄想を膨らませてしまった俺の失態である。


 ちなみに料理長にはしっかり落書きをしてやった。覗き見たのが日記帳だったから、小さなゾウさんで勘弁しておくとしよう。



 ◇



 とりあえずの決着を迎え、部屋へと戻ってきた二人。


「どう? 少し落ち着いた?」


「はい。だいぶ気がほぐれたみたいです。少し気にし過ぎていたみたいですね」


「それは良かった! やっぱり笑ったエリシア様の方が可愛いよ!」


「もぉ、アルト様ったら……」


 照れくさそうな表情を浮かべるエリシアは、続けて俺にお願いをしてきた。


「その……アルト……。屋上に居た時のように『エリシア』って呼んで頂けませんか?」


 いつになく真剣な眼差しを向けるエリシアに、俺は和かな笑顔で返答した。


「うんうん! これからもよろしくな! エリシア!!」



【 エリシア・モンテローズ 】

【 親密度: 500 】


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