第二話 究極の裏スキル『密会』


「……」


 ボヤけていた視界が徐々に鮮明になり、眩しい太陽の光が視界を覆う。


 足先から伝わる固い地面の感触。


 人間の喋り声や小鳥のさえずり、吹き抜ける風の音。聴覚にも異常はみられない。


 口内に残ったコーラの味。鼻孔をくすぐる花の香り。


 五感は正常に機能している————。




「ここは……」


 思いのほか記憶ははっきりしており、ゲームデータを消去され、ショックの余り気絶したところまでは鮮明に覚えている。


 目を開けて辺りを見渡すと、見慣れた光景に愕然としてしまった。


「まさか……」


 知り尽くしている光景。幾度となく足を運んだモンテローズ王国・・・・・・・・


 『ディルナッド戦記』に登場する王国その物であり、NewGame……つまり物語が始まる最初の場所でもある。


 中世ヨーロッパをモデルにしたような幻想的な国だ。


 目の前にそびえ立つ城は、国を治める女王陛下が住まうモンテローズ城。極め尽くしたゲームだからこそ見間違うはずがない。


「これは夢なのか……?」


 一本髪を抜いてみたが、普通に痛みを感じる。


 近くの新鮮な水が流れる噴水に近付き、水面に映り込む自分の姿を見て絶句した。


「……」


 水面に映っていた人物は、ゲームの主人公テルト・・・本人だった。


 小森拓郎とは全くと言っていいほどに似つかないイケメンっぷり。


 常日頃から着用していた眼鏡は取り除かれ、金髪に近い明るい茶髪にブルーの瞳。肌はツルツルスベスベでニキビ一つない、爽やかな好青年の姿が映し出されている。見るからにモテそうな外見だ。


 髪をくしゃくしゃ触ったり、ほっぺたをつねって遊んでみた。水面に映るもう一人の俺は、寸分違わず同じ動きを繰り返す。


「うん。俺はテルトだ」


 全く想像もしていなかった夢のような展開。再びヒロインと巡り合えることに喜びを隠しきれない。興奮状態の俺が発したセリフは実に単純だった。




「——————異世界転生きたァァァァ!!!」




 まさに神展開。願ってもない幸福。


「これも血の滲む努力の賜物たまものだな!」


 喜びを噛みしめると同時に、自身がプレイしてきた過去を振り返る。



 ————血の滲む努力とはよく言ったものだ。



 そう。このゲームは決して楽な世界ではない。5000時間という長い時間を費やしているのが良い証拠だ。


 女の子が自然と寄ってくるとか、最初から何をやっても許されるみたいな事は皆無。主人公が無双する訳でもなし。ハーレム状態になるには時間がかかるんだよな。


 だが案ずることはない。俺には豊富なゲーム知識が存在するから、この先の展開は熟知しているつもりだ。




 ◆




「先ずはステータスの確認からだな!」


 腕に巻かれた精巧な機械に手をかざすと、何もない空中に映像が映し出された。


 主人公のステータスは、攻撃や防御といった戦闘に直結するモノが存在しない代わりに、『アイテム』、『スキル』、『知り合った人物』、『親密度』、『指示範囲』、『腰力ようりょく』といった様々な項目がある。


「やっぱデータ消されたの痛すぎる。また最初からかよ!」


 母が俺の将来を憂いて取った行動ということは理解している。だが残念なことに脳内は悔しい気持ちが優先されていた。


(母ちゃん父ちゃん、どうしようもない屑息子をお許しください)


 現実世界で気を許せたのは家族のみ。他者とのコミュ力皆無の俺が、遭遇する女性たちを口説いていくのは困難を極める。




 さて、ここで最も重要なステータスを紹介しておこう。


 『親密度』は、ヒロインとの他愛ないやり取りを繰り返し、信頼性を高めていくことで上昇する。序盤は嫌われないような行動を心掛けることが大切。


 ちなみに、恋愛的感情を抱くかどうかの指標ともなるぞ。高ければ高いほど親密な深い関係性へと発展することがある。あんなことやこんなことまでできるんだ。開発者の変態っぷりが透けて見える。


 勘違いしているようだが、俺ほど紳士な人間はそうはいない。産まれてこの方、童貞というステータスを貫いているのだからな。あれだけやり込んだゲーム世界でも、女性に手を出したことはない!


 以上のことから、コミュニケーション能力が必要不可欠であり、シミュレーションの難易度の高さは言うまでもない。とにかくチートでもない限り、一筋縄ではいかないゲームということだ。




「ん? ちょっと待て。こんなスキル見たことないぞ」


 所持スキルの項目をおもむろにタッチしてみると、見慣れないスキル名が表示されていた。

 



 ◇




【裏スキル: 密会・・ 】


【概要: 女性との密会を強制的に開催。フィールド上に寝室領域を展開する。如何なる場合でも外部からの侵入はできない。事を終えるか、腰力が尽きると強制的に解除される 】


【使用条件: 女性が一名以上(三名まで)、且つ半径3メートル以内の範囲に存在する場合のみ使用可能 】


【使用効果: 対象の性欲が急激に上昇する。対象との『親密度』がMAXとなる 】


【注意事項: 対象の女性がヤンデレ化する可能性有り 】


腰力・・消費量: 20HP消費 】




 ◇




 頭の片隅に残っていたSNSの呟きを思い出す。当然ながら彼の呟き内容は知っていたが、本当に存在するとは思いもしなかった。


 魔王バトル直前のセーブ。魔王に話しかけた直後のデータクラッシュ。そして転生して最初からスタート。偶然が重なりあって起こった奇跡の『密会』発現である。




「過去のテルトよ……悪いな。魔王はしばらく泳がせておこう————ハッハッハ!!」



 一連の発言を物陰からジーっと眺める美少女が、少しだけがっかりした様子で近づいてくるのだった。




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