はないちもんめ

秋の夕暮れに薄紅色に染まった空の下、古い小学校の校庭には子どもたちの輪ができていた。


彼らは手をつなぎ、輪になって楽しそうに歌っている。


その歌は、どこか懐かしさと儚さを感じさせる。



花一匁はないちもんめ



「勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁」



声を合わせて歌いながら、子どもたちは前後に体を揺らす。


遊びそのものは古くから伝わる親しまれているものだが、この村では、昔から「花一匁」にまつわる言い伝えがあった。



「花一匁は生命の取引であり誰かが最後に犠牲になる」



大人たちはその噂を知りつつも、表立って語ることはなかった。



誰もがただの「噂」であり村の老人たちが根拠もなく騒ぎ立てるからだ。




村に引っ越してきたばかりの藤堂薫は、その噂を耳にすることなく、妻の仁美と一人娘の咲と新生活を始めていた。


小さな村では噂は広まるのが早いが、藤堂家はまだ村の深い事情には疎かった。



ある日、薫は帰宅途中、隣の住人の加藤三枝と会った。挨拶を程々にした後、三枝は穏やかな口調でこう言った。



「そういえば、お宅のお嬢さんを、には近づけないようにするんだよ。」



その言葉の意味を理解できなかった薫は、ただ曖昧に微笑んで話を流し、そのまま帰宅した。


三枝の言葉にはどこか強い警告の様に聞こえたが然程気に留めなかった。




翌日、咲は新しく通い始めた学校で友達を作った。


その日の帰り道、クラスメイトたちが校庭で遊んでいる姿を見つけた。


皆んな輪になり、手をつないで歌っていた。




「勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁」




咲は興味津々でその輪に加わった。


すぐに迎え入れられ、咲も一緒に手をつなぎ、歌い始めた。



その瞬間、突然の寒気が襲った。



理由は良く分からないが、咲は手をつないでいる友達の顔が、一瞬だけ黒く覆われたような気がした。



そして、輪の中央に立つ一人の少女、沙織が、咲にじっと視線を向けていた。



「ねえねえ、咲ちゃん。次の“売り買い”の時、誰選ぶ?」



と、沙織が囁くように問いかけてきた。



「売り買い?」



何か嫌な予感が全身を駆け巡り、それ以上は何も言えなかった。




その夜、咲は家に戻り、父の薫に花一匁の話をした。



しかし、薫は三枝とのあの話もまるで無かったかの様に忘れ、



「それなら明日もみんなと遊んでおいで」


と微笑むだけだった。



だが、その翌朝、沙織が行方不明になった。




その噂は、瞬く間に村全体に広がった。


村では神隠しではないかと感じる住民が多かった。


そして、「花一匁」にまつわる言い伝えが、現実になっているのではないかと囁かれるようになった。




咲はその日も学校に行ったが、何も手につかず集中できなかった。


頭の中には、沙織の行方不明に、自分がもしかしたら関わっているのではないか。



そんな思いや恐怖が彼女の心を蝕んでいた。




学校の帰り、咲は一人で歩いていると、村の古い神社の前で足を止めた。


何かに引き寄せられるように、境内に足を踏み入れた。



「花一匁を歌っては駄目」



そう背後から声がした。


振り返ると、そこには三枝が立っていた。



「咲ちゃんはもうその歌に取り込まれてしまったようだ。花一匁はただの遊びじゃない。あの歌には、かつて命を奪われた者たちの魂が宿っている。誰かがあの輪に加われば、彼らが新たな犠牲者を求めて目覚めるんだよ。」



その話に、全身が凍りつきそうだった。


咲は、昨日感じた嫌な感覚が現実だったことを悟り、息が詰まりそうになった。




咲は家に帰ると、どうしても薫にその話を伝えたかった。


しかし、どう話しても



「ただの怖い夢だよ」



としか言ってもらえなかった。



薫も、仁美も、咲の恐怖を現実として受け入れていなかったのだ。




その夜、夢を見た。夢の中で咲は輪の中にいて、歌を歌い続けている。


そして、輪の中には、消えたはずの沙織が立っていた。彼女の口角が吊り上がり、手を差し伸べて言った。





咲は飛び起き、冷や汗をかきながらベッドを見回した。これはいずれ正夢になると確信し、何とかして逃げ出さなければならないと感じた。




数日後、学校の帰り道に「花一匁」の歌が聞こえた。


村の子どもたちが輪になって遊んでいる。



しかし、咲はその場には近づかなくとも何かに引き込まれる感覚を覚え、立ちすくんでしまった。




「来るな…来るな…」




彼女は心の中でそう呟きながらも、誰かに押されるかの様に足が勝手に進んでしまう。


そして、輪の中にいた一人の子どもが、じっと咲を見つめていた。


その顔には見覚えがあった。













――沙織だった。












次の瞬間、歌が止まった。


輪の中の子どもたちは一斉に振り返り、咲に向かって手を伸ばしてきた。





その声は何重にも重なり合い、咲の体は鉛が入ったかの様に動かなくなり、誰かが背後にいる気配を感じた。


そして、冷たい指先が彼女の肩に触れた時、耳元で囁かれた。




































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