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翡翠

かるた


静かな田舎の村。


毎年、紅葉が山を染める頃になると、この村では“かるた大会”が開かれる。


大会は老若男女参加でき、村全体が活気づく、唯一のイベントだった。


しかし、この伝統行事にまつわる奇妙な噂が囁かれるようになっていた。





そう、村の古老たちは静かに語るのだが、それをまともに相手する若者はほとんどいなかった。


村の高校に通う愛もその一人だった。



「そんなの、ただの作り話でしょ。かるた大会、まぁちょっと古臭いけど楽しいじゃん!」



愛は友達の真央と大会に出る気満々だった。


真央は少し怖がりだったが、愛の勢いに押されて一緒に参加することになった。





大会の前日、愛と真央は地元の古本屋で練習用のかるたを探していた。


店主の老婆は、二人にある古びた木箱を差し出した。


箱には、埃まみれの札が入っており、独特の木とカビた臭いがした。



「これは古いものだけど、使ってみなさい。ただし…使う時は一枚足りない事に気をつけるんだよ」



と老婆はぼそりと言った。



「一枚足りない?」



と真央が不安そうに尋ねた。


愛は気にせず、そのかるたを購入した。



二人はその夜、愛の家で練習を始めた。


かるたの札には、古い和歌が書かれている。


ただ一枚だけ、見たことのない札が混ざっていた。



「これ、変じゃない?この札だけボロボロで読まれたことがない和歌が書いてある…」



と真央が札を見つめて言った。


札には古めかしい文字でこう書かれていた。





愛も少し不思議に思ったが、



「まあ、古い札だからね。私たちが知らない札もあるんじゃない?」



と気に留めなかった。





大会当日、公民館には村中の人々が集まり、例年通りの賑わいを見せている。


愛と真央も試合を楽しんでいた。


順調に進む大会の中、愛たちが戦う相手だけが次々と抜けていく。


最初は気にならなかったが、途中から真央は違和感を覚え始めた。



「あの変な札、また出てきたよ…」



と真央が呟く。


その札が出るたびに、相手が次々と集中力を失い、怯えるように手を震わせる。


愛もその異様な雰囲気に、背筋が寒くなったが、流れていくかるたを進めるしかなかった。




愛たちは決勝戦まで進んだ。


相手は、村でよく知られている、かるたの名人 木村さんだった。


木村さんは長年、村の大会で無敗を誇っている人物だ。




試合は静かに始まる。


札が一枚一枚取られるたびに、会場の空気が張りつめていく。


次の一手に差し掛かろうとした時、


またあの奇妙な札が読み上げられた。









木村の顔色が一変し、彼の手が小刻みに震える。



その瞬間、彼は大声をあげた。



「やめろ…その札を出すな!その札は、呪われている!」



しかし、愛の手はすでにその札に伸びている。



彼女の指が札に触れると、時間が止まったように静寂が降る。



次の瞬間、木村さんは何かに引き寄せられるように床にドンと崩れ落ちた。





会場は混乱と叫声に包まれた。





木村さんは心臓発作だった。





愛と真央はそれだけでは説明できない何かを感じたまま大会は幕を閉じた





その夜、真央は愛に電話をかけた。



「あの札、絶対におかしい。大会であの札が出るたびに、誰かが…」



真央の声は驚く程 小さく、震えている。



「どうする?店の人に返す?」



愛も不安を抱きながら、手元にあるかるたを取った。



一枚ずつ、ゆっくり、数える





一枚足りないはずの札が、なぜか全て揃っている。



その時、札の一枚がひらりと床に落ちた。



あの札だった。



「どうして」



愛が札を拾いあげたとき、冷たい風が背中を掠めた。




次の日、二人はかるたを購入した古本屋を再び訪れた。


しかし、あの老婆はおらず、店もシャッターが閉まっている。



周囲の人に聞いても、そんな店は元々なかったという。



不安が募る中、愛は家に戻り、再びあの札を見つめた。


そこで彼女はようやく気づいた。和歌の意味は単なる風情を詠んだものではなく


秋風が吹く木の葉の中に紛れる、誰かの声を聞いてしまった者は消えてしまうという暗示だったのかも知れない、と。








部屋の隅から微かに音がした。木の葉が擦れるような音…それが人の声に混ざっている。



愛は息を呑んだ。



部屋の隅の方へ目を向けると、そこには誰もいない。



その時、彼女の耳元で囁く声が告げた。









































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