国を滅ぼした愚かな暗殺者~邪神に願って王道をやり直す

天童 カイ

第1話『最強最悪の暗殺者――王国と共に眠る』

 幸せの象徴――それは【力】だ。


 財力、武力、権力。

 それら全てを持つものだけが真の幸福を許される。


 そのことを理解したのはいつだっただろうか。


 両親に売られた時?

 組織で暗殺者として育てられた時?

 それとも――姫様に救われた時だっただろうか。


 分からない。いや、覚えていないというのが正しい。

 何故ならそれはどうでもいい事だからだ。

 重要なのは過去ではなく事実だ。


 この世の真理に気づいた事実だけが俺を突き動かしてきた。


「そうだ……俺は気づいたんだ! 世界から何も与えられなかった俺でも……誰よりも幸せになる方法を!」


 だから俺は脇目も振らずに突き進んできた。


 武力を得る為に血が滲むような修行をした。

 財力を得る為に悪事にも手を染めた。

 権力を得る為に足を舐める以上の媚びだって売ってきた。


 何だってした。全てを得る為なら手段なんて選んでこなかった。

 その結果がこれだ。


「死神が――憎き女王を討ち取ったぞォォォ!!」

「これで王の血統は完全に滅んだ!」

「革命だ! 我々の勝利だぁぁ!」


 業火に包まれた王都。

 血塗れの者達が狂ったように勝ち鬨を上げている。


 その中心には俺がいた。

 そして俺の腕の中には――愛したはずの少女が眠っていた。


「どうして……こうなったんだ? 俺はただ……姫様を王にして……一緒に幸せになりたかっただけなのに」


 俺は全てを手に入れた。


 裏社会を支配して手に入れた財力。

 姫様を新たなる女王にして得た権力。

 

 そして――史上最強にして最悪の暗殺者【死神】とまで恐れられるほどの武力。


 俺はその全てを得た。

 後は幸福を掴み取るだけだった。


「それなのに……どうして貴方は幸福を拒絶した?」


 俺は腕の中の姫様に問いかける。

 しかし答えはない。当然だ、数秒前に俺自身が彼女の心臓を止めたのだから。


「あと一歩だった……それなのに、貴方が全てをぶち壊した! どうして貴方は全てを打ち明けたんですか!?」


 王位に就いた姫様が最初に行ったのは――懺悔だった。

 今まで共に行ってきた悪行、その全てを国民の前で話してしまったのだ。


 姫様を虐めていた双子の姉弟の暗殺。それを餌にして内部抗争の誘導。

 王位を争う者達が共倒れになるように強引な画策もした。

 必要なら他国の介入も辞さなかった。


 他にも数え切れないほどの悪行を成した。

 俺と姫様は二人で沢山の罪を犯してきた。


 それなのに――姫様はその全てを自分の責任だと嘯いた。


「理解できない……俺には貴方が分からない!」


 事実を知った国民は狂ったように姫様へと迫った。

 抵抗など無意味だった。その数は王城から溢れかえるほど。


 暴徒と化した彼らが、もしも姫様を捕らえる事に成功したとすれば、その先に待っているのは今以上の地獄だったはずだ。


 だから俺はこの手で姫様を殺した。最小の痛みだけで済むように心臓を貫いた。

 そんな彼女の最後の言葉はただ一言――


「……ごめんなさい」


 それは何に対する謝罪だったのか。

 俺にはそれがわからなかった。

 そしてその答えを知る事はもうない。


 何せ俺の物語はここで終わりなのだから。


「見つけた……パパとママの仇ぃぃぃ!!」


 気がつけば目の前に少女がいた。

 小さな体躯には釣り合わない大きなナイフ。

 それを両手でしっかり握るその姿は憎悪だけを宿していた。


「…………誰だっけ?」


 見覚えのない少女だ。

 しかし彼女の目的は火を見るよりも明らかだ。

 恨みを晴らしに来たのだろう。こんな地獄までご苦労な事だ。


 どの恨みかはわからないが、おそらく彼女の憎しみは正当なものだろう。

 それだけ俺は悪事に手を染めてきた。


「殺す……殺してやる!!」


 単調な動きだ。目をつぶっていても対処は容易い。

 しかし俺にはもう……抗う理由がなかった。


 だから俺は腕の中の姫様だけを守り、迫り来る凶刃をその身に受け入れた。


「あ……あぁ……やった……やったよ! パパっママっ!! 私が二人の仇を取ったよ!!」


 真っ赤に染まった手。彼女はそれを嬉しそうに天へと伸ばしている。

 彼女の復讐は終わった。そして俺の人生もまた幕を閉じようとしている。


 ナイフが刺さった腹が熱い。業火の炎が目を乾かせる。

 しかしその全てがどうでもいい。

 俺の中にあるのはただ一つ。


「……姫様」


 唯一愛そうとし、愛して欲しいと願った少女。

 どんな事をしてでも幸せになって欲しかった主人。

 姫様だけが俺を救ってくれた。だから俺も姫様を救いたかった。


「どうすればよかったんだろう……」


 愛しき姫様を幸福に出来なかった事への後悔だけが、俺の意識を無理矢理に繋ぎ止めている。


 どこで間違えたんだろう。

 何が駄目だったんだろう

 姫様は何を考えて生きてきたのだろう。


 彼女が残した最後の言葉、その真意はなんだったのだろうか。


「やっぱり……俺にはわからない」


 俺はそっと目を閉じた。後悔と不甲斐なさに押しつぶされて。

 理解も許容もできない現実を放棄するように意識を手放したのだった。


 こうして死神と恐れられた史上最悪の男は死んだ。



 ――そのはずだった。



 次に目を覚ますとそこは、深淵の闇の中だった。

 そして目の前には――神がいた。

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