十二章 愛する気持ち

第四十一話 第一階層と評議会の思惑

「ねえ、月白つきしろさま。あたし、第七階層に

「何を言っておるのだ、凛月りる。お前には仕事があるではないか。魂の管理者としての」

 凛月りる――月姫は、第一階層でこれから生まれる魂に歌をうたっている。それが魂の管理者としての凛月りるの、そもそもの仕事であった。


 これから生まれる魂のために、歓びの歌をうたう。生命に祝福を、そして皆から愛されるように願いを。すばらしい人生になるよう〔魅了チャーム〕で祈りを込めてうたう。


 第一階層では若すぎるほど若かった凛月りるは、異能力[魅了チャーム]の使い方を誤っていた。そして彼女のその行動は、静かで平穏な第一階層に混乱をもたらした。凛月りるは、その罰のために第七階層に落とされた。――しかしその隠された意図は、凛月りるに愛を知ってもらい〔魅了チャーム〕という異能力の本来の力を開花させることにあった。親から生まれない第一階層で、愛の概念は育ちづらい側面がある。ほとんどの魂の管理者はそれでもよいのであるが、凛月りるの特殊な仕事には、愛を知ることは不可避の事柄であった。


 実際、よく成長したものだ、と月日は思う。

 月白は凛月りるを見た。

 転生して第七階層に行ったため姿は若返っているが、精神的にはかなり大人になった。そのため、表情が全然違った。また、以前はまるで小さな子どものような振る舞いや言動が目立ったが、今は、そのような傍若無人ともいえる言動はなりをひそめている。憂いを帯びた瞳で、密かにため息をつくさまは恐ろしいほど美しかった。

 よかった。これで、魂に愛を届けられる。

 月白も評議会のメンバーもそう安堵していた。


 しかし、凛月りるは「でも、あたし、第七階層に帰りたいの」と言う。

 これには、月白も評議会のメンバーも困惑していた。その理由が理解出来なかったのだ。


「しかし、お前が第一階層に戻って来ると約束したから、裁きの疫病を止めたのだよ」

「……分かっているわ。でも、あたし、なんだか生きている感じがしないのよ」

「生きているよ。歌もよくなった、凛月りる

「あたし、凛月りるじゃないわ。月姫よ」

「それは第七階層での名だろう?」

「……月姫なのよ……」


 凛月りる――月姫はそう言うと、空中を操作し、画面を出した。

 そこには、第七階層第八エリアが映し出されていた。

桂城帝かつらぎてい……」

 月姫はそう言うと、はらはらと涙をこぼした。

凛月りる……いや、月姫。……どうしても帰りたいのか?」

「帰りたいわ。――桂城帝かつらぎていのもとに」

「第七階層は未発達な階層だよ」

「それでも。あたしのいる場所はあそこだって気がするの。未発達だけど、自然と調和していて美しいし……大切な人たちと、それから愛する人がいるの。その人と離れていると、生きている気がしないの」

 月姫は涙を流し続けた。


「愛する人を見つけたんだね」

「そうよ」

「離れていると、そんなにつらいのかい?」

「……生きているって思えない……桂城帝かつらぎていに会いたい。朝扉あさとにもお母さまやお兄さまたちにも、お父さまにも。それから、朝扉あさと伊吹いぶきの子どもにも!」

「――第七階層に下りたら、老いも病もあるしもちろん死も存在する」

「そんなこと、分かっているわ。それでもあたしは桂城帝かつらぎていと生きていきたいのよ」

「……もし、第七階層に下ろす場合は、第一階層での記憶も消さねばならないし、それに異能力も使えなくなるよ」

「それでもいい。……異能力は必要ないし」

魅了チャーム〕の好きと、本当の好きは違うもの、と月姫は心の中で思う。

 月白は、何か思案する表情で、月姫をじっと見つめた。



「――という状況で、現在月姫――凛月りるは、少々不安定です。だから、ここでいったん第七階層に下ろしてはどうだろうか」

 円卓を囲んだ評議会の会議の場で、月白はそう発言した。

 月白の発言に、評議会のメンバーは意見を出し合う。

「少々不安定でも、前よりずっといいではないか。第七階層から戻って来て以来、歌は実によくなった。揉めごともなくなったし」

「魂に歓びの歌をうたう者は必要だ。凛月りるはよいうたい手になりそうじゃないか」

「魂が歓びに満ちた生に生まれ落ちるには、愛ある歓びの歌が必要だしな」

「……どうも我々にはその、『愛』の概念を形成しにくい」

「しかし、うたい手には必要な概念だ」

「だから第七階層に落としたではないか、凛月を。お陰でよい歌声となったぞ」

「〔魅了チャーム〕の異能力の本当の力にも気づき始めたしな」

「さよう。……第七階層のことなど、すぐに忘れるであろう?」


 その発言に、月白は「いや、すぐには忘れられないと思います」と反論した。

「なぜ?」

凛月りるを見ていれば分かります。……我々には希薄な『愛』という感情が関係していると思われます。ですから、今は凛月りるを第七階層に下ろして、彼女が一生を終えるのを待つのはいかがでしょう? 人間の一生など、我々からしたら瞬きほどの間でしかありません」

「……なるほどな。人間の一生くらい、待ってやってもよいかもしれぬ」


「それに、気になることもあります」

 月白は眉をひそめた。

「それは、凛月りるの相手が、もともと第一階層にいた者だ、ということであろう?」

「そうです、桂城帝かつらぎていには〔魅了チャーム〕が効きませんでした」

「それはそうだろう。当たり前だ。彼はもとともと、この第一階層の管理者で――古参の評議会のメンバーだったのだ」

「ああ、あの方か!」

「そうだ、あの方だ。――なぜか第一階層に転生することを拒否されてな、第七階層に生まれたのだよ」

「さようでございます。……凛月りるが第一階層に転移される折、彼は異能力[ブレス]を発動させました」


「……あれには驚いたな」

「ええ、驚きましたとも。――本来第七階層の者にはない力ですから」

「……なぜ、発動した?」

「分かりません。ですから、彼の監視のためにも、凛月りるを彼の元に置くのはよいことかと」

「……そうだな。凛月りるを中継として様子を伺うことが出来る」

「それに、どうやら第七階層第八エリアには、もともとそこにはない異能力の欠片のようなものが認められました。呪詛する力として、ですが。……まあ、さして強くはないのですけれど」

「……第七階層に行った第一階層の者の、子孫か?」

「恐らく。この件につきましても、凛月りるを中継して観察されてはいかがでしょう? ――瞬きほどの間ではありますが」

「そうだな。そうしよう」


「では、凛月りるを――月姫を、第七階層へ転移させます。記憶と異能力は封印して」

 月白はそう締めくくり、評議会のメンバーの顔を見渡した。


 *


 霜月しもつき(十一月)初旬、朝扉あさとは無事赤子を出産した。

 朝扉あさとは生まれたばかりの赤子を腕に抱き、その天使のような顔を見ていたら、すぐに月姫を思い出した。月姫は、赤子が生まれるのをとても楽しみにしていてくれたからだ。月姫とした、赤子に関する会話が遠く懐かしく思い出された。……月姫さま……

「月姫さま、赤子が生まれましたよ」

 朝扉あさとは輝く望月もちづき(満月)に向かって、赤子を月に見せるようにして言った。


 ――そのときだった。

 月は、少し揺れて金と銀の粒をこぼした。


 あれ? と朝扉あさとは思った。

 月が――月から光が落ちてくる……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る