第三十九話 光る球体と、帝の力
その度に月姫は微笑んで迎えてくれる。
この一年で随分大人びたと帝は思う。
何かを考え込んでいるような憂いのある表情、そして月を見て瞳を潤ませているさまはこの上なく美しく、静かな微笑みは悲しくさえあった。
「月姫、どうしたのだ? そんなに月を見て泣いて」
「……帝」
月姫は
「月姫? どうしたのだ?」
帝は月姫の不安に押されるように尋ねた。
「……十五夜に戻らねばならないのです……」
月姫は顔を伏せた。
泣いているようだと帝は思い、月姫を胸に抱きし寄せた。
「月姫、離しはしないよ」
月姫はそれには答えず、帝の胸に顔をうずめていた。
さみしい泣き方だった。
十五夜はもうすぐだ。
藍色の空に浮かぶ月は、あと少しで十五夜になる準備をして丸みを帯び、光を空に散らしていた。
「……左大臣邸に武士を手配する。月姫、私があなたを守るよ」
決して離しはしない、と帝は月姫をいっそう強く抱き締める。
十五夜の夜、左大臣邸は武士たちで取り囲まれ、重々しい雰囲気に包まれていた。月姫は屋敷の一番奥の部屋におかれた。
「どうして言ってくれなかったんです?」
「
第一階層に戻らねばならないことは、帝にしか打ち明けていなかったので、
泣く
月姫が淑子を見ると、淑子は静かに微笑んだ。
淑子のようすを見ていると、薄々と何かを察していたようだ、と月姫は思う。
そうして、淑子も、恐らく淑子に何か言われた
十五夜の月はとても美しかった。
夜空に上り、そして見たことのない明るさで輝いた。まるで昼間のように明るく、たいまつなどの灯りが要らないほどだった。部屋の中も輝くばかりの光が満ち溢れ、そして、部屋が光で満たされると同時に、屋敷中の戸や
丸い月から、月の雫が一筋垂れて、月姫の方へと向かった。
「矢を! 矢を射るのだ!」
しかし、武士たちは凍り付いたように動けなくなっていた。
わずかに動けるものが矢を射ったものの、全く違う方向へ小さく飛んだだけだった。
月の雫は月姫の前に落ち、光る球体をつくった。
月姫がこちらに来たときと同じものだ!
光る球体は金色にきらめき、白銀の光の粒を辺りに撒き散らしながら、月姫の直前に迫った。
誰も、動くことが出来なかった。
――
逃げなくては。
この光る球体に取り込まれたら、きっと月姫はいなくなってしまう。
「月姫……逃げよう!」
「帝……」
月姫は青ざめた顔で帝を見た。
光る球体が迫る。
武士たちも左大臣家の人々も凍り付いて動けなくなっている。
この、光る球体がなければ!
どけ! 月姫を連れて行くことは許さぬ‼
光る球体は、光の粒子を撒き散らしながら、形を歪める。
「帝……!」
月姫は目を大きく見開いて、そのさまを見た。そして帝に強くしがみついた。
呼吸が早くなり、苦しそうに顔を歪めた。
光る球体と帝の風は、押し合い、どちらも譲らないような状態であったが、次第に光る球体が形を取り戻し、より大きく膨らんでいった。
「月姫!」
夢でのみ逢はむとぞ思ふ(夢の中だけでもお会い出来たら)……
帝には、月姫が最後にそう言ったように聞こえた。
「月姫……」
そして、その場にいた人たちは皆、明るい十五夜の月と、その月に昇って行く光る球体を呆然と見つめることしか出来なかった。
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