十章 帰京――そして、帰還へ
第三十三話 月姫、帰京する
第一階層には、老いも病もなかった。
魂の管理をする特別な階層だったから。
「死」の概念すら遠く、肉体の使用期限が近づくと、新しい肉体を用意し、また第一階層に赤子として出現するのだった。そのようにして、管理者たちはずっと、第一階層に留まり、そこで魂をさまざまな階層へ送る仕事をしているのである。
ただ、ときおり第一階層から別の階層へ生まれることを望むものがいて、そうなると別の階層の魂が第一階層に加わることとなる。
あたしはどうやって、死を迎えたのかしら? 別の階層で。……もしかして、疫病で、ということもあるのかもしれない。
月姫は記憶のない、第一階層以前の自分に思いを馳せた。
都での疫病は猛威をふるっており、死者の数も尋常ではないらしい。医療技術も発達していない現状では、どこまで死者が増えるのか見当もつかなかった。
「
大丈夫かしら……。
帝一行が帰京する日、月姫は
「月姫、すまない。もう少し長く逗留する予定であったが……。宮中がひどく混乱しているから、私は戻らねばならい」
「……
「月姫、大丈夫だ」
「何もかもうまくいく。――もう少しだけ、待っていてくれ」
「……はい」
そうして
月姫は船が見えなくなるまで見送った。
月姫は心配をしていた。……
そして同時に思い出していた。――先日の
『すぐに帰って来なさい』
月白は厳しい口調でそう言った。
『月姫、いい加減に戻って来なさい』
『だけど』
『そもそも流罪の段階で、第一階層に戻って来るべきだったのだ』
『しかし、あたしにはまだやることがあるように思うのです』
『……第七階層第八エリアでは疫病が流行しているだろう? 感染するとお前も死んでしまうよ』
『……はい』
『感染する前に戻って来なさい。お前までが審判による裁きに巻き込まれる必要はない』
『え? 裁き? どういうことですか?』
月姫は震える声で訊いた。
『どういうことも何もないだろう? 疫病は裁きなのだよ。野蛮な行為には相応の罰が必要だ』
『だけど、皆が野蛮なわけではありません! それに、問題を解決しようともしています』
『――すぐに帰って来なさい』
『月白さま! 無関係のものまで疫病に罹ってしまいます!』
『……お前が、第一階層に戻って来るなら考えてやらないでもない。裁きの停止を』
あたしが、第一階層に戻るなら?
疫病が、止まる――?
『……分かりました。どのようにすれば?』
『まずは――』
月白との約束を実行するためには、早く都に戻らねばならない。
それまで、どうか
あたしがきっと何とかしてみせるから。
月姫は手をぎゅっと握り締めた。
帝一行が帰京して半月ばかり経ったころ、月姫が部屋に一人でいると、屋敷の気配が慌ただしくなった。
――どうやら誰かが来たらしい。……もしかして?
「月姫さま。都から
ほどなくして、
「……
「月姫。迎えに来たよ。もう、都に戻っても大丈夫な状態になった。……帝がそなたを早く呼び寄せたがっている。――都に帰ろう」
……都に帰ることが出来る……!
「月姫さま! ついに帰れます! よかったですね」
月姫は二人と喜びを分かち合いながら、決意を固めていた。
都に蔓延している疫病。多くの死者が出ているらしい。絶対にあたしが止めてみせる!
……あんなに帰りたかった都に帰ることが出来る。嬉しい……桂城帝に会える……!
月姫は、桂城帝の姿と声を思い出していた、
疫病は――裁きは、あたしが止める。
だからもう大丈夫。
……大丈夫だから……
月姫たち一行は帰京の途に着いた。
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