第三十一話 都鳥
白っぽい鳥が羽ばたいて幾羽も幾羽も飛んで行った。
あれは都鳥(ユリカモメ)……
都鳥思ひを告げよかの人に空高く飛びけふに消えゆき
(都鳥よ。あたしの思いをあの人――
「帝……」
都鳥となって、飛んで行けたらどんなにいいだろうか。
月姫は歌を口ずさみながら、そのように思った。そして、都鳥が行った方を見ながら、しばらく海を眺めていた。
すると、後ろから名を呼ばれた。
「月姫さま」
「
振り向くと、
「風邪を引いてしまいますよ、寒いですから。今、京では疫病が流行っているとのことですし。お身体には気をつけてください」
「うん。……ごめんね、
「いいんですよ。月姫さまのためですもの!」
「でも、
「……それはまあ。……でも、それは月姫さまも同じでしょう?」
「だけど――あのね、あたしの方がなんだか、弱々しく落ち込んでいる気がしてしまうの。離れ離れでさみしいのは同じなのに、
「ふふふふ。それは、あたしが伊吹と夫婦だからですわ! 夫婦の絆があるんです」
「……そうなの?」
「そうですとも。――月姫さまは、帝とまだ正式に結婚したわけではないでしょう?」
「……うん」
月姫は管弦の宴の日のことを思い出していた。
あのとき、「……月姫、私と結婚してくれる?」と
なんて幸せな時間だったのだろう?
あのあと、
「月姫さまは、まだ、その、帝とあのその」
「なあに、
月姫がそう言うと、
「……月姫さまは、帝と
「は⁉ な、な、何言ってんのっ、あさとっ!」
月姫は真っ赤になって叫んだ。
その様子を見て、
「だって、月姫さまがはっきり言えって言ったんじゃないですか。……やっぱりなあ」
「……やっぱりって何よ」
「やっぱり、ですよ」
「だから、やっぱり、って何よ!」
「――月姫さまは清らかなお姫さまってことですよ」
「
月姫は真っ赤になったまま叫ぶ。
そんなことは、結婚してからするものなんだもんっ。
あ、ここは三日続けて会ってから――つまり、まあそのいろいろしてから、「結婚しました!」ってお披露目するんだったっけ?
きゃん、よく考えると、なんて恥ずかしいしきたりなの⁉
――第一階層では、役所での手続きが大事だったわ。
月姫は久しぶりに第一階層のことを思い返していた。
第一階層では、赤子は「出現」する。親から生まれるものではない。
ゆえに、結婚も子どものためではなく、お互いの絆の確認のためにするものであった。したがって、結婚の組み合わせは男女に限らなかった。男同士の場合も女同士の場合も、当たり前にあった。
ずっと、結婚なんてどうしてするんだろうなあって思っていた。
……でも、今、絆の意味がよく分かった気がする。
……羨ましいな。
あ。でも、そう言えば。
「ねえ、
「何ですか?」
「
「は? 何をおっしゃっているんですか、月姫さま!」
「だってだって!」
「……赤子は神さまからの授かりものですよ。……伊吹とすごく仲良くなって、そうしたら、あたしのお腹にやって来るんです」
「お腹に……」
月姫は朝扉のお腹をじっと見た。
「今はいませんよ。……伊吹と離れていますから。でも、きっとそのうち神さまが授けてくださるんです。とても楽しみです」
月姫はとても不思議な感じがした。
第七階層の妊娠・出産に関しては、知識としては脳内にあった。
だから、月姫が
だけど、もし、実際に
第一階層で、魂の管理者をしていたときのことを思い出す。
第一階層の、あの魂がどこかの階層で、母親のお腹に宿る。新しい生命として。
今こうしているときも第一階層では、
月姫は
「月姫さま! 赤子はいませんよ」
「うん。だけど、いつか来る子のために」
月姫が
海の方に目をやった
「月姫さま! 船が見えます!」
――確かに船が見える。漁船とは違う。
「あの船はもしかして……!」
「月姫さま、都からの船です!」
船は次第に大きくなり、海岸に辿りついた。そして、船から人が下りて来るのが見えた。服装を見るに、都からの一行のようだった。
「――伊吹っ」
「
伊吹は
その二人の姿を見ていたら、月姫もある期待に心臓が高鳴った。
もしかして――
「――月姫」
懐かしいその姿、そして声。
「
夢にまで見た、その人がそこにいた。
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