第二十八話 さみしさ勝りけり
すぐさま人をやり、
その後は大混乱だった。
火事は恐ろしい。
ゆえに、建春門が燃えているという騒ぎが、騒ぎを呼んだ。人々が入り乱れ、逃げなくてもいい人たちまで逃げていた。実際、建春門は焼け落ちたものの、消火は早い段階で出来ており、延焼は免れた。しかし、火を消すことよりも人々を鎮めることの方が大変だった。
月姫が無事であり、清涼殿まで逃げて来られたのはよかったのだが、
なぜ
使いにやった
嫌な気配がぞわりと、帝を足下から包み込んだ。
――予感は当たった。
建春門が焼け落ちたのも困ったことだったが、それ以上に困ったことが起きた。
噂だ。
噂は生きている毒であるかのように、人々の間に広がった。
噂は悪意を撒き散らした。黒い息を吐いて、煙のように宮中をじわじわと埋め尽くして行った。
悪意が凄まじい早さで広がって行ったのには、桂城帝が若くて、政治的に未熟であることも関係しているであろう。そしてまた血縁関係的に、左大臣
もしかして、月姫に冷たくされた男たちの恨みや月姫自身への妬みもあったかもしれない。
いずれにせよ、悪意ある噂話は瞬く間に宮中に広がり、
月姫は、自分と
月姫が傷ついて泣いてしまわないかと。
管弦の宴の折の月姫を思い起こす。
まさに、月の光のように美しかった。
求婚した。
月姫は頬を赤くしながら小さく頷いて、「でも、お父さまやお母さま、お兄さまたちに相談して、きちんとお返事しますわ」と言った。
その正式な答えを得る前に、このような騒動が起こってしまった。
本当は今ごろ、月姫と結婚しているはずだったのに、と思い、桂城帝は思わず唇をかんだ。
……噂の種を蒔いたのは誰であろうか。
左大臣家排除の圧力が働いた。
その急先鋒が
噂の種を蒔いたのは大納言?
しかし
左大臣家の面々を流罪にすると強く主張したのは、むろん
しかし、そのそばにつきしたがって、恐ろしく黒い光を発していたのは
左大臣
――月姫を配流するのは心苦しかった。
しかし、いったん、都から遠ざけ、その間に都にいる反対勢力を何とかしたいと、
だけど。
さみしい、と
想像していた以上に、さみしい。
月明かりの中、ようやく会えて、短い別れをした。
寄り添って手を重ねて。視線を合わせて。和歌を詠み合って。
そんな短い逢瀬。
だけど、心が確かに通じ合ったひととき。
だから。大丈夫だ、と思ったのだ。そのときは。
離れていても、心が繫がっているしきっとまた会えるのだからと。
――嘘だった。
少しも大丈夫ではなかった。
さみしい。
ぬくもりの感じられないところにいるあの人が、こんなにも恋しい。
久しぶりに歓喜の声が、大納言家に響いていた。
「やった! やったぞ‼ ついに
「うまく行きました」
落ち着いた声で
「うむ」
「さようでございますね」
と
建春門に火を点けさせたのも噂の種を蒔き、更にその話を広げたのも、全て私が
上機嫌で酒を飲む父大納言を、
父上では、駄目だ。
私が何とかしなくては。
『月姫――いや、
『だけど、
『もう帰還してもよいという結論に達しておる。そのまま第七階層にいる必要はない。それに、もう審判の裁きを下してもよい。……なんて愚かなのだ、第七階層の住人は。真実を見極める力もなく、また真実を見極めようともしない』
『でも、月白さま、もう少しお待ちください』
『なぜ待つ必要がある? 全く理知的ではないその処罰は何だ?』
『……配流に関しては確かに、根も葉もない噂話で処分されたようなものだし、ひどいと思うわ』
『お前はそのような境遇にいることはない。第一階層に戻って来ればいい』
『だけど、月白さま。もう少ししたらきっと風向きが変わると思うのです』
『待つ必要があるのか?』
『きっと、よい方向に行くと思うのです』
『……信じているのだな。〔
『はい。あたし、本当の気持ちは〔
『……そうか。ではもうしばらく待つとしよう』
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