八章 建春門焼失と噂話、そして――
第二十五話 火事――建春門焼け落ちる
「大変です! 火事です‼
月姫は夜中に
「朝扉? 火事って?」
「
建春門は月姫の住まう
月姫が梨壺の
「月姫さま、こちらは危ないですから、帝のいらっしゃる
「他の皆はどうしているかしら」
「順々に逃げております。まずは月姫さまを無事に清涼殿までお連れするのがわたしどもの使命です」
建春門の火は大きくなり内側の宣陽門へのその火の手を伸ばしているように見えた。
夜なのに、火事のせいで明るく、そして人々のざわめきが月姫を取り巻いていた。
「……どうしてこのような恐ろしいことが……」
「分かりません。とりあえず、火から遠いところへ逃げなくては」
月姫が
「すみません」
それは男性で、月姫よりも年上に見えたが帝よりは少し若いように見えた。
柔和な顔つきながらも目つきは鋭く、月姫はなぜだが怖くなり震えが足元から上がってきた。
「もしかして、月光る姫さま――月姫さまでいらっしゃいますか?」
「……どなた?」
「ああ、すみません。私、
「……あなたが……!」
名前は何度か話題に出ていたし、文ももらっていた。しかし、月姫はこれまで
月姫は
「さ、こちらですよ。清涼殿に参るのでしょう? 男手がないと不安かと思い、馳せ参じました」
言葉は丁寧であるし話し方も動作も上品だ。
だけど、月姫はなぜだかその手を取る気になれなかった。
騒ぎは大きく、火を消す者たちや逃げる者たちの声で夜とは思えない様子だった。暗い夜を赤い火が舐めるように広がり、炎はますます大きくなっているようだった。
「ささ、月姫さま、こちらに。足元にお気をつけてください」
人々のざわめき叫び声、炎の赤さ、夜の闇は騒然としている。
「月姫さま。
「……分かったわ。急ぎましょう。雅為さま、ご案内をお願いします」
月姫はそう答えた。
案内など必要なかったが、この混乱の中、何が起こるとも知れなかった。
月姫は
彼に〔
しかし、この状況ではかけにくいのも事実であった。
――後に、月姫はこのときの判断を悔やむことになる。
あのとき、
しかし、建春門は燃えており火事から逃げているという状況下で、多くの人々が逃げまどい騒ぎ立てている落ち着かない中、しかも
どうしてこの状況かで、あたしを迎えに来たの?
いつもなら、
だけど、一番に現れたのは、顔も知らなかったこの方だった。
あたしを心配して、というのは本当だろうか?
タイミングよく現れたことこそ、不審なのではないかしら。
さまざまな考えが月姫の中を巡ったが、ともかくは清涼殿へと向かった。
人をかきわけるようにして清涼殿に着くと、まず
「
「月姫! ……よかった、無事だったか。伊吹を使いに出したのだが、行き違ったようだな」
「はい、この方に連れて来ていただいて」
「――そなたは、
なぜ。
それは当然とも言える疑問だった。
そう、なぜ、橘氏が?
「そう睨まないでください、
「はい、いただいております」
そう答えながら、月姫は震えが止まらなかった。
「……ここまで連れて来てくれたことには礼を言う。後は俺が責任を持って、月姫を帝のところに連れてゆくから、そなたはもう下がるがいい」
「かしこまりました。……では、月姫さま。お会い出来て嬉しかったです。噂にたがわず、本当に、輝くばかりにお美しい!」
「……
「それではまたお会い出来る日を楽しみにしておりますよ」
「何がまたお会い出来る日が、だ! そんな日は来ない」
基本的に高貴な女性は顔を出したりしない。
しかし、このような非常事態だったので、たまたま顔を合わせただけだった。
……たまたま?
もしかして、仕組まれていたことだったら?
月姫が何事かを考え始めたとき、「月姫、帝のところに参ろう。帝が心配して待っているから」と
「火は? 建春門の火はどうなったかしら?」
燃え広がって、内裏全部を焼いてしまったら大変だと月姫は思った。
「火はだいぶ鎮火しているとのことだ。幸い、小さい失火の段階で気づいたから。ただ――建春門は焼け落ちたらしいが。でも、門だけですんだのなら、まだよかった」
「月姫! こちらにいたのか。よかった、無事で」
すると「月姫さま! ご無事で何よりです!」という伊吹の声がして、「伊吹!」と
「門の方はどうだ? けが人はいるか?」
それを聞いて、孝真も帝も安堵したらしかった。
「帝、月姫をお願いします。俺は伊吹といっしょに、事後処理をしてきます」
「分かった。よろしく頼む」
そうして、悪夢のような一夜は過ぎ去って行った。
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