第二十二話 審判

月白つきしろさま、困ったことが起きました』

 月姫つきひめは月を中継した交信で、現在置かれた状況について話した。


『……なんと。そのような状況に置かれているのか』

『はい。ですから、出来れば〔魅了チャーム〕の存在を打ち明けたいのです』

『それはならん』

『なぜですか?』

『世界の均衡が崩れるからだよ。そもそも、第七階層に異能力は存在しないのだ』

『しかし、あの呪術の人形ひとがたは……異能力の気配がしました』

『何事にも例外というものは存在する。その件については、こちらでも調べてみるとしよう。……しかし、月姫よ。第七階層第八エリアは、野蛮な場所だな』

『え?』


『同種を殺そうとするなんて、なんという野蛮な民族なのだ。魂に傷がついたらどうするのだ。……これは天罰が必要か? 或いは何らかの裁きが』

『いえ、まさか』

『では、下の階層に落とす処置をするか?』

『待ってください、月白さま。悪意を持った者は一部の人間なのです。すばらしい人間もたくさんいますし、文化も美しいです』

『……ふむ。では、天罰もしくは裁き、それから階層を下げる件については、懸案事項としておこう』

『はい』


『月姫よ、いや、第一階層の住人にして魂の管理人、凛月りるよ』

『はい』

『お前の贖罪は終わったとみなし、第一階層に戻ってきてもよいぞ』

『だけど……』

『評議会でもそのような話が出ておる』

『初めは、三年ということでしたし』

『そのような野蛮な場所にいて、凛月りる、お前の魂が傷つくようなことがあってはならんとも思うのだよ』


 野蛮な場所――そうだろうか?

 月姫は、これまでのことを思い返した。

 左大臣邸での心温まる生活。何と言っても、優しい淑子としこ。淑子は月姫を自分の子と同じくらい大切に慈しんで育ててくれた。そして優しい兄たち。いつも月姫をかわいがってくれた。左大臣充真みつざねも、思惑があったにせよ、月姫を大切にしてくれた。


 宮中に出仕して。

 典侍ないしのすけとして働きながらも、生活は緩やかで穏やかで、季節を愛でながらの暮らしだった。

 素敵な薫物たきもの合わせ、貝合わせ。それから和歌のやりとり。

 月姫はすっかり第七階層第八エリアの暮らしが好きになっていた。

 朝扉あさとを初めとする、周りの人たちのことも。

 そして、何より桂城帝かつらぎていのことが。


『いいえ、月白さま。ここは野蛮な場所ではありません』

『それは一つの意見として聞いておこう。いずれにせよ、公平な判断というものが必要になる』

 ……公平な判断……。

 しかし、その判断がくだされるまでの間、あたしはまだここにいることが出来る。

凛月りる。自分が何者であるかを忘れるでない』

『……はい』

 あたしはあたしだ。

 第一階層の魂の管理人で――今は第七階層で、月姫として生きている。

 桂城帝かつらぎてい……。


 あたしは、ここで多くのことを学んだ。

 そして、大切なものを得た、と思う。



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