第二十一話 思惑

 桂城帝かつらぎていの身辺も月姫つきひめの身辺も、警備が強くなった。

 同時に、使用人たちも精査され、少しでも怪しいところがあれば異動させられた。

 朝扉あさと伊吹いぶきも実に有能で、人を見極める力に長けていた。彼らの働きで、どうやら、最近入った下働きの者が怪しいということが分かった。


「誰の伝手でここに下働きに入ったか、調べてみたよ」

 孝真こうまが言う。

「誰の伝手でしたか?」

 朝扉あさとが訊くと「全員、橘大納言たちばなのだいなごんの舘で働いていた者たちだった」と孝真こうまは答えた。

「……全く、分かりやすいな」と帝が言う。


橘大納言たちばなのだいなごんを失脚させたらどうですか?」

 伊吹が言うと「なかなか難しいんだ」と孝真こうまが答える。

「全員、かつて橘大納言たちばなのだいなごんの舘で働いていた者たちだったが、彼らは『橘大納言たちばなのだいなごんに命じられて』とは答えないだろう。それに、彼らが呪術の人形を仕込んだという証拠もない。ただ、疑わしいだけなのだ」

 帝が言い、孝真こうまもため息をつきながら頷いた。


 月姫は、〔魅了チャーム〕を使えば白状させられるのではないかと思ったが、この力のことは皆に秘密にしているので、言えなかった。

 ああ、もどかしい!

 と月姫は思う。

 だけど、ここで〔魅了チャーム〕の異能力について打ち明けるわけにはいかなかった(それは禁止事項に当てはまった)。異能力のない第七階層で異能力を使う際は、気づかれないように使うに留めなければいけなかったのである(したがって、呪術の人形を〔魅了チャーム〕を使って無効化したことが、広く人々に知られてしまったのは、もしかして禁止事項に抵触することかもしれなかった)。

 もどかしいけれど。

 だけど。

 月姫は、桂城帝かつらぎてい孝真こうま、そして朝扉あさとと伊吹を見て思う。

 彼らがいれば、きっとなんとかなると。


「月姫。ともかく、引き続き身辺には気をつけよ」

「はい、お兄さま」

 そう言えば。

 雅為まさなりさまから、また文が届いていたわ。

 どういうつもりなのかしら?

 月姫には雅為まさなりの真意が図りかねた。

 文には、月姫を心配する言葉が連なっていた。

 ……でも、雅為まさなりさまは橘大納言たちばなのだいなごんの末の息子よね?

 どうしてそのような文をあたしに送るのかしら?



 橘雅為たちばなのまさなりは大納言邸で、またも父橘治為たちばなのはるなりのヒステリーをその身に受け留めていた。

「全く、何もかもうまくいかんでないか! 呪術の人形はすぐに見つけられ、解呪され、そしてうまく使用人として入り込んでいた輩も追い出されたわ! いったいどうしてこんなにうまくいかんのだ!」

 それは月姫のところにまで呪術の人形を仕込むからですよ。

 あれが引き金となって、警備が強くなったし、仕込んだ人間を探し出す結果となった。

 ……だから、反対したのに。

 意味がないと。むしろ、悪い方向に向くと。

 雅為ははあと小さくため息をついた。

 全くこのオヤジはどうしようもない。


「父上、しかし、悪意は伝わったから、よいではないですか」

「何⁉」

「十分、混乱させることは出来ましたよ」

 そうだ、そう考えるしかない。

「だが、この後はどうする?」

「それは、ですね」

 雅為まさなりには一つの案があった。

 月姫を追い出し、ひいては桂城帝かつらぎていを追い出し、泰明やすあき親王を即位させる案が。


「なんじゃ。早く言うてみろ」

「噂を使いましょう」

「噂?」

「そうです。この世は噂で左右出来ますよ」

 くくくくと雅為まさなりは嗤った。

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