第二十話 狙いは何だ?

 桂城帝かつらぎていの御寝所から呪術の人形ひとがたが見つかって数日後、月姫つきひめの御寝所からも呪術の人形ひとがたが見つかった。


「きゃっ!」

「どうしたの? 朝扉あさと

「月姫さま、これ……!」

 朝扉あさとが指さしたものを見ると、それは桂城帝かつらぎていのところで見たのと同じ呪術の人形ひとがただった。

「かしてごらん」

「え、でも」

「大丈夫だから、くれる?」

「は、はい、月姫さま」

 朝扉あさとは恐る恐る呪術の人形をつまんで、月姫に差し出した。


 ……くだらないわ。

魅了チャーム〕!

 月姫の手元で呪術の人形ひとがたは月の光に包まれ、そして一瞬ふわりと宙に上がって、消失した。


「終わったわよ」

「……月姫さま……ありがとうございます! すみません、取り乱してしまって」

「それはいいのよ」

 呪術を信じている人間にとっては、あれは恐ろしい凶器でしかない。

 ……しかし、誰を狙ったのだろう?

 帝? それともあたし? 或いは両方?

 でも、あたしが呪術の人形ひとがたを解呪出来るというのは、広く噂されている。

 それなのに、今さらここに呪術の人形ひとがたを置く意味があるのだろうか。


「……いったい、どうして?」

 考えにふけっていた月姫がそう呟くと、「それは呪術そのものに意味があるのではないと思うよ」という声がした。

孝真こうま兄さま!」

 月姫が振り返ると、孝真こうまと、そして桂城帝かつらぎていが来ていた。

桂城帝かつらぎてい……」

 月姫は、あの日帝に抱き締められて以来、帝を見ると条件反射で頬が赤くなるのであった。……今日もお会い出来て、嬉しい。


朝扉あさとが教えてくれてね。すぐに来たんだよ」

 桂城帝かつらぎていの後ろに朝扉あさとがいて、月姫に目配せした。

 朝扉あさと、なんて有能なの!

 さっきも、ふつうの女官ならば、呪術の人形ひとがたを触れなかったと思うのに、朝扉あさとは「大丈夫だから」という月姫の言葉を信じて、呪術の人形ひとがたをつまんで月姫に差し出した。

 朝扉あさとがいてくれてよかった、と月姫は改めて思うのだった。


「月姫。お前に呪術の人形ひとがたが効かないのは、仕込んだ人間は分かっていると思う。何しろ、『月光る姫は神秘の力で、呪術の人形を解呪された』という噂は、もう誰でも知っているからね」

「はい、お兄さま」

「それでも、今、呪術の人形ひとがたを仕込んだのは、『ここまで入り込めるぞ』という、喧伝だと思うね」

「つまり、内通者がいる、と」

「内通者というか、手引きする者がいないと、出来ないだろう」

「……そうね」


 月姫は使用人たちの顔を思い浮かべた。

 宮中に来て半年くらい経つので、人の入れ替わりもあった。全員を細かに把握しているとは言い難い状況にある。

「月姫。今まで以上に警備を万全にさせて欲しい」

 帝が言い、孝真こうまも頷いた。

「それから、朝扉あさとにお願いがある」

 孝真こうまが言って、朝扉あさとが「何でしょう?」と答えた。

朝扉あさと。月姫の周りの人間を見極めて欲しい」

「かしこまりました。内通者を探し出せばよろしいのですね?」

「出来れば。――ただ、危なくなりそうであれば、俺たちに託して欲しい。そして、出来るだけ、本当に信頼出来る人間だけで、固めて欲しい」

「かしこまりました。お任せください!」

 朝扉あさとは胸を張った。


「……朝扉あさと、頼んだよ。私の大切な方なのだ」

 桂城帝かつらぎてい朝扉あさとに声をかけた。

 帝から声を賜り、朝扉あさとは顔を紅潮させて「はい! かしこまりました!」と大きな声で答えた。

 帝はその様子を満足げに眺めると、今度は月姫に向かって言った。

「月姫。あなたが呪術の人形ひとがたを解呪出来るのは分かっています。されど、心配なのは呪術だけではない。あなたに直接的に危害を加えようとしているのではないかと、心配しているのです。……どうか、守らせてください」

「……はい、帝」


 桂城帝の手が、軽く月姫の頬を撫で、月姫は心臓がばくばくした。

 きゃあ! 手が! 帝の手が、あたしの頬に触ったわ‼

 帝は月姫のそんな様子を見てくすりと笑い、今度は頭を撫でて、「危ないことはしないように。いいね?」と念を押した。

「はい」

 月姫は恥ずかしくて、消え入りそうな声でそう答えるのが精いっぱいだった。

 先日、桂城帝の御寝所で呪術の人形を見つけたとき、帝をお守りするんだ! と決意を固めたはずなのに、帝の手で撫でられただけて、なんだか甘く溶かされてしまう。


 恥ずかしくて、帝の顔を見ることさえ出来なかった。

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