五章 朝扉の恋の行方と陰謀の影

第十五話「竜の首の宝玉」の正体

「こちらが『竜の首の宝玉』になります」

 大伴保長おおとものやすながはそう言って、七色に光る玉を差し出した。


 月姫つきひめ御簾みす越しにそれを見て、御簾みすの中に持ってくるよう、朝扉あさとに命じた。

 実際にそれを手に取ってみると、大変美しいものだった。両手で抱えるくらいの大きな球体で、つるりとした感触で七色に輝いている。御簾みす越しでなく、直接触って直接目にする方が、美しさや素晴らしさがよく分かる。まさに竜の首についていそうな宝玉だった。

 ……本物?

 月姫が宝玉を手に黙っていると、大伴保長おおとものやすながはしたり顔で話し始めた。


「私がどのように苦労してこちらをお持ちしたか、お話いたしましょう。

 船を出して何日もなんにちも海を行きました。すると、霊験あらたかな高い山が見えたのです。私は船を岸につけ地に下り立ち、その山に登ることにしました。

 山を登って行きました。険しい山でした。

 途中で何人か山から落ちそうになりながら、登って行ったのです。

 すると、今まで聞いたことのないような、恐ろしい声がしました。――竜の声だ、と私は確信しました。そこで、その声の方に進んで行きました。ごつごつした岩場で、大変歩きづらい場所でした。


 洞窟が見えました。

 黒い岩場に。

 しばらくその洞窟の前に立っておりますと、また、先ほどの天を切り裂くような声が聞こえたのです。

 私たちは恐る恐る洞窟に近づき、中を覗き込みました。――すると、いたのです。伝説の生き物である、竜が! 暗い緑色の大きな竜でした。金色に輝く目を爛々と光らせて、恐ろしい目つきで私たちを見たのです。

 見ると首に宝玉がございました。

 そう、今、月光る姫さまがお持ちの、それでございます。

 あまりの美しさに私は思わず見惚れてしまいました」

 大伴保長おおとものやすながはそう言うと、御簾みす越しに月姫をじっと見つめた。


「私は、月光る姫さま、あなたさまのために、竜の首から命懸けでそれを取って参ったのです。恐ろしさに震えましたが、勇気を振り絞って。……竜の恐ろしい息が私にかかりました。しかし、その首から宝玉を取ったのです!」

 月姫は何と答えたらいいのだろうと思って、御簾みす越しに檜扇ひおうぎで顔を隠しながら、考えを巡らせていた。


「月光る姫さま。私は、あなたのためなら、命を懸けられるのです。そうして、やり遂げたのです! 

 ――ですから私をその御簾みすの中に入れてくださいませ」

 大伴保長の目が怪しく光った。


「あたし……」

 月姫が、青ざめて何か言おうとしたとのときだった。

「月姫、この者たちが何か言いたいことがあるようだ」

 孝真こうまがやって来て、そう言い、何人かの男たちをその場に荒々しく突き出した。

 見ると、男たちは貴族ではない身分であるようだった。


 その者たちは大伴保長おおとものやすながを見ると、何か言いたげな様子を見せたが、大伴保長おおとものやすながが目で脅すとすぐに小さくなった。

 その様子を見て、月姫は〔魅了チャーム〕を使った。その者たちに。

 ……そう言えば、〔魅了チャーム〕を使うのは久しぶりだわ。帝に[魅了チャーム]が効かなかったのは……あたしの能力がなくなったからじゃないわよね……?

 月姫はふと不安になったが、〔魅了チャーム〕はちゃんと機能した。彼らの目はとろんとして、御簾越しの月姫をじっと見た。


「……そこの者たち。何か言いたいことがあるなら言いなさい」

「はい、月光る姫さま。私どもは職人でございます。そこにいらっしゃいます大伴保長おおとものやすながさまに命じられ、『竜の首の宝玉』を作っていたのでございます」

 職人たちが平伏してそう言うと、大伴保長おおとものやすながは顔を真っ赤にして「何を言うか! 私はお前たちなど、知らん!」と言った。


「いや、この者たちは真実を言っているぞ。俺が調べたところによると、そこの大伴保長おおとものやすながは船旅には出ておらん。ここの職人たちと、山荘に籠っていたようだ」

 孝真こうまはそう言うと、大伴保長おおとものやすながを睨みつけた。


 大伴保長おおとものやすながは顔を赤くさせたり青くさせたり、また赤くさせたりしながら、「何を言っておるのだ! 私は竜から宝玉を奪って来たのだ、ちゃんと!」と叫んだ。

 すると、職人たちが「いいえ。保長やすながさまは、私どもと一緒におられました。冒険に出たふりをするのだ、と言って。そうして、山荘に籠って、宝玉を作ったのです。……大変な作業でした。保長やすながさまのご注文が多くて」と震える声で言う。


「そう。分かったわ。教えてくれてありがとう。――後で褒美をとらせましょう」

 月姫がそう言うと、職人たちは「ありがとうございます!」とむせび泣いた。

「何を言うのだ! 嘘だ! 嘘を言っている!」

 大伴保長おおとものやすながはそう言って、叫んだ。しかし、孝真こうまに「俺が嘘を言っているとでも? 何なら、山荘まで案内してもいいのだが?」と凄まれ、すごすごと引き下がった。


 ――月姫は大伴保長おおとものやすながに〔魅了チャーム〕をかけた。

 今までにおこなったことのない〔魅了チャーム〕の使い方を試してみようと思ったのである。

 ただ、好意を持たせるのではない使い方。

 ……やったことはないけれど、やってみよう。


 月姫は目に力を込めて、大伴保長おおとものやすながを見据えた。彼の瞳は怯えて揺れていた。

保長やすながさま。もう二度と、このようなことはなさいませぬよう。それから、あたしのことは忘れて、金輪際お近づきになりませんよう」

 ――拒絶。

 大伴保長おおとものやすながは表情が消え、平板な口調で応えた。

「……分かりました……」

 そして、大伴保長おおとものやすながは項垂れて帰って行った。


 月姫は自分の能力〔魅了チャーム〕の、これまでとは違う使い方を習得した、と思った。

 ……でも、あまり気持ちのいいものじゃないわ。

 大伴保長おおとものやすながの、ここに入って来たときとは一転して、意志消沈した様子を見て、月姫はそのように思った。

 月姫は職人たちにお礼を言うと、褒美は孝真こうまから渡すようお願いして、退出させた。


孝真こうま兄さま、ありがとうございます」

 ひと段落したところで、月姫は孝真こうまにお礼を述べた。

「いやいや。みかども心配されていたからね」

「帝が?」

「そう。月姫が『竜の首の宝玉』を持って来た者と会う、だなんて言うから」

「……だって、まさか本当に持ってくる方がいるだなんて、思わなかったんだもの。それにあのときは、ちょっとイライラしていて」

 孝真こうまは月姫のその言葉にくすりと笑い、「月姫。あなたはあっという間に成人したと思ったけれど、まだ子どもらしい部分があるのだね」と言った。


「え?」

「帝が心配しておられたのだよ。月姫が『竜の首の宝玉』を持って来た人と会う、などと言うから。俺はだから、色々調べたり根回しをしたりしていたんだ」

「帝は、結婚するという意味じゃないと、ご存知でしょう? 噂は嘘よって、お兄さまに伝えたもの」

「ああ。だけどね、月姫。恋での『会う』には、違う意味を持つのだよ。御簾みす越しに会うのじゃなくて、その、夜にね、恋人として夜を一緒に過ごすという意味があるんだ」

「……え?」

 月姫は孝真が言わんとすることをようやく理解し、それから赤くなった。


 きゃん、どうして今まで誰も教えてくれなかったの⁉

 月白つきしろさまからの知識情報にもなかったわ! ――確かに、月白さまは、情報だとおっしゃっていたけど。そんなの、教えてもらわないと困るわよ! 

 それから、そもそも。

 月姫は朝扉あさとをじとっと見た。

 朝扉あさとだって教えてくれたらよかったのに! 絶対に分かっていて黙っていたわ。

 月姫がそう思って朝扉あさとを見ると、朝扉あさとは肩をすくめ、いたずらが見つかった子みたいに笑った。

 ……でもまあ、なんとなく言いづらいのは、分かる。


 孝真こうまはくすくすと笑って言う。

「まあ、月姫にそのような気持ちがないことは、俺も分かっているし帝もご存知だ。しかし、相手がそうだとは限らないだろう? それを心配されていたんだよ」

「……はい……」

「帝から和歌を預かっているよ。月姫から和歌が送られて、とても喜んでおられたよ」




 紅き葉の色のにほのかにも見てし人こそ今こそ会はむ


(紅く美しく色づいた葉の間に、いつもあなたの幻影を見ているのです。恋しくて。今すぐにでもあなたに会いたいと願っています。)




 月姫は帝の和歌を見ていたら、涙がこぼれた。

 ……嬉しくて。

 和歌がしたためられている和紙を、月姫はぎゅっと握り締めた。



雅為まさなり! なんだ、あいつらは! 全く使えぬではないか‼ 坂上麻野さかのうえのあさの高階忠頼たかしなのただよりも駄目だが、大伴保長おおとものやすながはいったい何なんだ! せっかく知恵を授けて、宝玉を作らせたというのに!」

 橘大納言たちばなのだいなごんは、また調度品の数々を投げつけながら、叫んだ。

 雅為まさなりは静かにそれを見守ると、冷静な口調で言った。

「父上、落ち着いてくださいませ。しょせんは小者。うまく行けば幸いというところでした。……新たな手は打ってあります」

「新たな手? それはこの間の話の?」

「さよう。……まずは月姫を孤立させましょうぞ」

 雅為まさなりはにやりと笑った。

 

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