第十四話 月姫の本心と「竜の首の宝玉」の顛末

「竜の首の宝玉」を探し求めて旅立った坂上麻野さかのうえのあさのの船が難破し、坂上麻野さかのうえのあさのは命からがら帰って来たという報告が月姫つきひめのもとにもたらされた。


「よかったわ、朝扉あさと!」

「ええ、よかったですわ。……傷の具合はどうかしら? 命に別状はないかしら?」

「それはいいのよ。『竜の首の宝玉』を持って帰って来なかったところがよかったわ!」

「ええ、それはそうです」

 けれど、と朝扉aさとは思う。

 月姫さまは、ときどきこのように、生死に関することをとても簡単に言うことがある。

 使用人にもお優しいのに、ときどき――ほんとうにときどき、死ぬことはたいしたことがないような、そんな考えていらっしゃるような気がして――朝扉あさとは不思議な気持ちがしていた。


「ねえ、朝扉あさと

「はい」

「他の方々はどうなさったかしら。……まさか、本当に持ってくる、なんていうこと、ないわよね?」

 月姫が心配そうに言い、朝扉あさとは「きっと大丈夫ですよ」と月姫の頭を撫でた。

「あたし、どうしてあんなこと、言っちゃったのかしら。『竜の首の宝玉』を持って来た方と会う、だなんて」

「……どうしてですか?」

「――あたし、あのとき、どうしようもなくもやもやイライラしていて」

「どうして、そのようなお気持ちになったんですか?」


「あたしね、聞いちゃったの。鈴子さまの女房が、その、桂城帝かつらぎていに言い寄ったって。その女房はすごく美人だから、もしかして帝は……その方を愛したのかもしれないわ」

「……どうしてそう思うのです? 帝がそうおっしゃったのですか?」

「違う。……そうだと、嫌だなって思ったの」

「お嫌だったのですね」

「そうなの」

「……月姫さまは、桂城帝かつらぎていのことが好きなのですね」

 朝扉あさとにそう言われ、月姫は顔を真っ赤にした。


「あたし、朝扉あさとのことも好きよ!」

「ありがとうございます。あたしも月姫さま、好きですよ」

「それから、お父さまもお母さまも大好きだし、孝真こうまお兄さまも、蒼真そうまお兄さまも慶真けいまお兄さまも好きよ」

「そうでございましょう」

「……帝のことも、好き」

「ええ。――でも、きっと、そうですね、孝真こうまさま方とは違う、好きなのじゃないでしょうか?」

「……そうなの?」

「ええ。孝真こうまさまには恋人がいらっしゃるようですよ」

「お兄さま、早くご結婚なさるといいわよね」

「そうですね。お忙しいのでしょう。……孝真こうまさまがご結婚なさることに対して、反対なさる気持ちはおありではないのですね?」

「もちろんよ! 幸せになって欲しいもの!」

蒼真そうまさまも慶真けいまさまもご結婚されています」

「知っているわ。北の方さま(妻)は素敵な方だったわ」

「ええ、そうですね。……もやもやしたりイライラしたり、しませんでしたか?」

「しないわ。だって、蒼真そうま兄さまも慶真けいま兄さまも幸せそうですもの」


「でも、桂城帝かつらぎていのときだけは、もやもやするんですよね?」

「そうなの」

「イライラしたり?」

「……そうなの。それでつい、あんなことを」

「『竜の首の宝玉』を持って来た方と会うと」

「ええ。――会いたいなんて思っていないわ。あたしが会いたいのは」

「会いたいのは?」

「あたしが、お会いしたいのは――」


 そう、帝だけ。

 桂城帝かつらぎていだけ。

 あの方だけが、あたしの中で特別なの。

 お会いしていると、とても温かいもので満たされる。

 笑顔も声も、とても素敵。喋り方とはふとした表情とか。思わず見惚れてしまうの。

 でも素敵だなと思うのは、顔や声だけじゃなくて。

 優しい眼差しやお言葉にも、いつも心惹かれていた。

 物腰はやわらかでさりげない気遣いをしてくれて。


「月姫さま。そばにいないときに思う人のことを大切にしてください。お会いしたいという気持ちも」

朝扉あさと。……ねえ、朝扉あさともこういう気持ちだったの?」

「ええ。会えなくて寂しかったりしましたよ」

「そうなの」

「そうです」

「月姫さま。今のお気持ちを和歌にしたためたらいかがでしょう? そして帝に差し上げるのです」

「……やってみる」




 紅葉の色出でにけり 我が心一日ひとひも君を思わぬ日はなし


(紅葉が美しく色づいています。そのように、あたしの心も愛しい気持ちでいっぱいになっています。毎日あなたのことを恋しく思っています。)




魅了チャーム]の力を帝に使いたかった。

 だけど、帝にその力は効かなかった。それに、[魅了チャーム]の力では得られないものが、本当は欲しいのだと、月姫は知っていた。


 和歌を詠んで、帝のことを思ってその和歌を読み返していたとき、ばたばたと人が駆け込んで来た。

「月姫さま! 大変です。高階忠頼たかしなのただよりさま、蓬莱山で滑落し、半死の状態だそうです!」

 その一報を聞き、朝扉あさとがまず青ざめて言った。

「半死……! どのようなご様子?」

「それが、詳しいことは分からないのですが。ただ、生きてはいて帰途に着いたそうです」

「そう。……生きていらっしゃるなら、よかった」

 朝扉あさとはほっと安堵の息をもらした。


 この様子を見ていて、月姫はこの世界では生死は重要な問題なのだと感じていた。月白が脳内に送り込んだ知識で、第一階層の管理者と、この第七階層の人間とでは、死に対する考え方が違うことは分かっていた。しかし、実感としては分かっていなかったと思う。もっとずっと深刻な問題なのだ。

 とすると、生死を懸けさせるようなことをしたあたしって……もしかして、ものすごくひどい女なのじゃないかしら? ……帝に嫌われたら、どうしよう。

 月姫がそう思って震えたとき、また報告がされた。


大伴保長おおとものやすながさま、蓬莱山からお戻りになりました。『竜の首の宝玉』をお持ち帰りだとのことです!」

 え?

 嘘でしょう?

 月姫は、今度は先ほどとは違う意味で震えた。


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