第十三話 桂城帝、動揺する
「え? 何だって? もう一回言ってくれるかい?」
「はい。
「……会う……それはその」
どういう意味だ? 男女の仲においては、その……一夜を共にするという意味でもあるのだが。
「
「そんなこと、ありませんよ。……実際、困っています」
父の左大臣
月姫が「『竜の首の宝玉』を持って来た方と結婚するわ」と言ったと勘違いしたのだ。
しかし、月姫は正確には「『竜の首の宝玉』を持って来てくれた方と会うことにするわ!」と言ったのだし、文もそのように書いたらしい。噂が尾ひれをつけて「結婚するわ」と言ったことになって、広まっていったのだ。
それから、
「帝、月姫がどうしてこんなこと言ったか分かりますか?」
「……求婚の文が多く届くからか?」
最近行事が多く、月姫の姿を垣間見た人が多くいて、そして月姫の輝くばかりの美しさに心を奪われた輩がたくさんいる、と聞く。
帝は手を握りしめた。
私だけの月姫でいてくれたのなら、よかったのに。
「それもありますけど」
と、
「なんだ?」
「……月姫は、どうやら、
「は? どうして?」
鈴子が? なぜ? 全く関係がないのに。
「今、全く関係ない、とお考えになりましたよね?」
「ああ。実際、関係ないだろう」
「……そうでもないのですよ。月姫の生まれは神秘ですからね。考え方も、少し違うようです。月姫は、帝に既に妻がいらっしゃることを気に病んでいるようなのです」
「だけど、あれは形ばかりの妻だ。――実際、何もない。何もだ」
帝は力強く訴えた。
鈴子、あれは私の頭痛の種だ。
あれを妻にしなくてはならず、苦しかったのは私の方なのだ。
「ふふふ。それは、俺は分かっていますよ。何しろずっとそばで見ていましたから」
「ならば、よいではないか」
「しかし、月姫は違います」
「……そうか」
「そうです。……それに、帝。月姫が、鈴子のことを気にする、というのはよいことではありませんか?」
「なぜ?」
「だって、それは、月姫が帝のことを気にしているということになりますよ。多くの貴公子に文をもらい和歌をもらい、だけど、月姫が気にしているのは、帝だけなんです」
「……そうか」
「そうですよ」
帝はほっとして、空を見上げた。
夜になると浮かぶ月。
あの月の光から月姫が私の手の中にいらしたのだ。
月姫は、見た目が輝くばかりに美しいだけではなく、その心映えすらも美しい。使用人たちへの態度も優しく、またいつも明るく楽しげである。月姫がいると、場が明るくなる。
先日の
私の
月姫といると、時が過ぎるのがとても早かった。
いつも、もっと一緒にいたいという気持ちを抑えて退出していた。
「
「任せたよ」
「はい」
ああ、せっかくの美少女ぶりが台無しだ。――いや、怒っていても、やはり美しい。
「いや、何をそんなに怒っているのかと思ってね」
「だって、あたしが言ったのと違うことが噂になって流れているんですもの!」
ああ、あのことが耳に入ったのか、と
「お前が、『竜の首の宝玉』を持って来た人と結婚する、というやつかい?」
「あああん、それ! 違うのよ。あたし、結婚するなんて言っていないわ」
月姫が泣き出してしまったので、
この子はまだ生まれて数ヶ月しか経っていないのだ、ということを改めて思い返していた。光る球体と共に現れ、
「月姫。噂は勝手に独り歩きするものなんだよ」
「でも、あたし、困るの」
「どうして?」
「だって、誤解されたら嫌だもの」
「誰に?」
「誰って、それは――」
「帝に?」
孝真が優しく言うと、月姫は怒りとは違う意味で頬を赤らめた。その姿は実に愛らしかった。
「だ、だって。お父さまもお兄さまたちも、あたしと帝が結婚するとよいと思っているのでしょう?」
「それはそうだけど、月姫、お前の気持ちが大切なんだよ」
「……あたしは……」
月姫は
そして、それから
鈴子さまのことが気になった。もやもやしたしイライラした。
鈴子さまのところの女房が帝に色目を使ったって聞いて、もっともやもやしたしイライラした。……帝はどうなさったのかしら、とそればかりが気になった。
そして、今。
帝に誤解されたくないって思った。
あたし、結婚するなんて言っていないもの。
月姫、お前の気持ちが大事なんだよ、とお兄さまは言った。
あたしの気持ち?
……こういう気持ち、何て言うんだろう?
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