第九話 顔合わせ――[魅了]が効かない!

 月姫つきひめが宮中に出仕しゅっしすると、その輝くばかりの美しさに、称賛の声があがった。

 通常であれば、嫉妬されるところであるが、そもそも月姫は月の光とともにこの世界にやってきたという神秘の生まれであり、神さまの使いであると皆が認識していたこともあり、妬みよりその美しさを崇めるような反応ばかりであったのだ。


「まあ、なんという美しさでしょう」

「月の光のよう……! 癒されるようですわ」

「なんと有り難い輝きなのかしら」


 月姫はにんまりしながら、月姫を見ようと集まった御簾みす(仕切りのカーテンのようなもの)の向こうの女房たち(宮中の女官たち)の前を悠然と歩いて行く。

 しかし、ある場所を通りかかると、賛美とは異なる声が聞こえた。


「月光る姫だなんて、図々しい!」

「何よ、典侍ないしのすけだなんて言って、帝のお手付きになる気満々じゃないの」

「そりゃ、鈴子すずこさまの方が……少し、いやだいぶ、おきれいじゃないかもしれないけど」


 月姫は、ははんと思った。

 なるほど。

 これが、孝真こうま兄さまの言っていた鈴子さまの女房たちね。

 月姫はふっと息を吐くと、目に力を入れてそちらを見やった。

 御簾みす越しでも大丈夫よね。効くわよね。……使うのは久しぶりだわ。


魅了チャーム]! 

 あたしは敵じゃないわよ。悪意を向けるのは止めなさい。

 一瞬ののち、月姫に対する悪口は止み、今度は賛美の声が聞こえた。


「……でも、本当に美しいわよね」

「そうね、輝くばかりだわ」

「月光る姫さま……ああ、私もあちらにお仕えしたい!」


 うんうん、そうよね。

 月姫は満足げに頷き、その声の方に向かってにっこりと笑顔を向けた。すると、御簾みすの中から叫び声が起こった。

「あの美しい笑顔、女性でもくらっとするわっ」

 などという声が聞こえ、月姫はふふふと思いながら、歩みを進めた。

「月姫さま。月姫さまの美しさに、鈴子さまの女房たちも圧倒されておりますわ」

 朝扉あさとがそう囁く。

「ふふふ。そうね」

 月姫は再度自信に満ちた美しい笑顔を御簾みすの方に向けた。御簾みすの中から、また悲鳴のような声が起こり、月姫は、やはりこうでなくちゃ! などと思いつつ、歩みを進めたのである。


 そのようなわけで、月姫の美しさは瞬く間に宮中を駆け巡った。

 やっぱり[魅了チャーム]は使わなくちゃね! 敵がいたらめんどくさいもの。

 月姫は心の中でガッツポーズを作った。


「月姫! うまくやったな!」

 父親である左大臣充真みつざねが月姫のところに来て、喜びを前面に出してそう言った。

「月姫さまは大変すばらしかったですわ!」

 朝扉あさとも嬉しそうに言う。

 充真みつざねは満足そうに頷いて、それから少し改まった顔をして言った。

「ところで、月姫。桂城帝かつらぎていにお会い出来る日が決まったよ」

「まあ、嬉しいわ」


 充真みつざねが話すところによると、数日後、月姫のところに、まず父親である充真みつざねが来て、月姫と歓談する、そこにみかどが訪れるという形式であるそうだ。

 月姫は典侍ないしのすけの仕事をしつつ、その日を心待ちにした。

 愛ってよく分からないけど、イケメンは好き。

 そうそう、任務のことがあるから、帝に[魅了チャーム]使おうっと。そうして、任務を終わらせて、早く第一階層に帰らなくちゃ。……ここ、まあまあ居心地いいけどね。でもあたし、本来は管理者だしね。



 その日、月姫が充真みつざねといると、桂城帝かつらぎてい孝真こうまとともに現れた。

「左大臣がここにいると聞いてね」

 うわー、声もかっこいい!

 そう思いつつ、月姫は声の方を見た。

 ……かっこいい! 好みのタイプっ。

 月姫はそういう内心を隠し、いつものように艶然と微笑んだ。


「そちらは?」

 十分承知しておきながら、帝は充真みつざねに訊く。

「私の娘、月光る姫でございます。月姫、とお呼びください」

「それはあの、即位の礼のときの姫?」

「さようでございます」

「……三月みつきばかりでこのように美しく成人するとは……」

「月の光とともに現れました、神さまからの使いでございますから」

「月姫。そなた、私の手のひらにいたことを覚えていますか?」

 帝はふいに月姫に話しかけた。


 充真みつざね孝真こうまもその様子をじっと見守っていた。もちろん、側に控えている朝扉あさとも。

 月姫は桂城帝かつらぎていの、青みがかった切れ長の目を見て鼓動を早くしながら、しかしそれを隠して答えた。

「……何か、温かいとても安らぐところにいた気がします」

 本当はばっちり覚えているんだけどね。

 とりあえず、こう答えておこう。

 それにしても、桂城帝かつらぎていがイケメン過ぎて、息が止まりそう……!

 そんなことを思いながら、月姫は胸を押さえた。


「宮中での暮らしはいかがですか? 何か不自由はありませんか?」

「ないです。皆さん、よくしてくださいます」

魅了チャーム]を使っているしね、と思いつつ、月姫はにっこり微笑む。

 そうだ。

 帝にも、使っておこう、[魅了チャーム]を。

 月姫はそう決意し、帝の美しい瞳をじっと見た。 

 さあ、あたしのことを好きになって!


「では、何か困ったことがあればおっしゃってくださいね」

 帝は月姫にそう言うと、「左大臣」と充真みつざねの方に顔を向けた。

 あれ?

 おかしいなあ。ふつう、[魅了チャーム]をかけられたら、直後に視線を逸らしたりしないはずなんだけど。

「月姫、ではまたお会い出来る日を楽しみにしておりますよ。今度は、あなたが得意だという薫物たきもの合わせでもいたしましょう」

 桂城帝かつらぎていはそうにこやかに言うと、立ち去った。


 ――やっぱり。

 絶対に、[魅了チャーム]効いていないよね。――どうして?

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