第八話 月姫の気持ち
出仕の日にちが決まり、
何しろ、あのイケメン
月姫はそう思い、これまで帝にいただいた和歌をいくつか思い返した。
やっぱり、お返事は自分で書かないとね。
墨で文字を書くことは初めてだったから、頑張ったのよ、ものすごく! たくさん練習したわ。
お母さまもお兄さまたちも褒めてくださったから、きっとまあまあうまく書けるようになったと思う。
「月姫さま。お荷物のご確認いただけますか?」
「
「大丈夫よ、ありがとう。宮中に行ってもよろしくね!」
「いえ、あたしこそ。月姫さまにお仕えすることが出来て、光栄です! 宮中も楽しみなんです!」
同時に月姫は
第一階層では両親も存在しないし、ゆえにきょうだいも存在しない。
だから月姫は、この第七階層で初めて両親の温かさや兄たちの優しさを知った。そして姉というものの存在を、
うふふ。
霜月(十一月)の庭はイロハモミジが赤く色づいてきれいだった。リュウノウギクが大きな白い頭花を揺らしている。ハギのピンク色やキキョウの紫色も庭を美しく見せていた。
月姫は第七階層に来て、ある程度の大きさとなり自由に動けるようになったとき、正直なところいろいろな不満があったことを思い出していた。
まずはトイレ!
第一階層のような、個室で水洗のトイレがあるはずもなく。
恥ずかしいやら汚いような気がするやら。臭いが気になるし。
そもそも、行きたいときにこっそりさっと行けず、使用人を呼ばなくてはいけないのもなんだかめんどくさい。
それから、お風呂!
あたし、お風呂大好きだったのよ。朝も晩も入るほど。
でも、ここじゃ、そんなわけにいかないのよ。
毎日も入れなくて、三日に一回くらい? ああ、ストレスが溜まる! 髪ももっと自由に洗いたい!
動きにくい衣装も苦手。
正装の
月姫はそんなふうに考え、憂鬱な気持ちでいた。
ゆえに最初のころは「任務を出来るだけ早く終わらせて、第一階層に帰るんだ!」と握りこぶしを作っていたのである。
だけどねえ。
月姫は風が渡る庭を眺めた。
きれいなのよね、第七階層第八エリア。
貴族の屋敷だからかもしれないけれど、自然と調和した美しさがある。
寝殿造りの大きな屋敷は木のぬくもりがあり、季節の木々や花々が植えられ、心落ち着く空間であった。
月姫には、第一階層の金属的な空間よりも、こちらの方が美しく優しく思えた。
帝が住まう宮中はここよりも、更に立派なのだと言う。月姫はその美しく荘厳な様子を思い浮かべ、早く宮中に行きたいと思っていた。
「宮中はどのくらい美しいのでしょう」
「そうねえ、楽しみね」
「あたしの
「へえ。よく知っているのね」
「伊吹は
「そうなの」
「そうなんです!」
ドヤ顔で答えた
「ねえ、その伊吹って、もしかして
「な、な、な……! 何をおっしゃるんです、月姫さまっ」
月姫は意地悪く笑いながら、「ふふふ。結婚はしたの?」と訊いた。
「結婚はまだなんですけど……でも、通って来てくれていて」
「へえ」
「まだ
ここの結婚のスタイルは通い婚で、三晩連続して女性のもとに通い、三日目の夜に
「でも約束はしているのね」
「ええ、まあ。――お互い強く思い合っているのです」
あたし、こんなふうな気持ちになったこと、あったかしら。
和歌も素敵だし。
だけど、
顔が好き。和歌が好き。
――それ以上の感情を、
第一階層にいるとき、
時々、「私のパートナーを返して!」って言ってくる人がいて、あのどろどろした感情も、月姫にはよく分からなかった。どうしてあんなふうになるのだろう? また別の人を見つければいいのに。めんどくさいから、その人にも[
あんなどろどろした気持ちじゃ、大変そうだったから。
みんなで、あたしのことを好きになって、仲良くなればいいじゃない?
愛ってなんだろう?
そう言えば、第一階層にいたとき「あなたは愛が分からないのよ!」って言われたことがある。……確かによく分からないかも。
みんなから大切にされて嬉しいって気持ちじゃないみたい。
お母さまのことは好き。大好き。お兄さまたちのこともお父さまのことも好き。
顔が好きな帝のことを好きっていうのも、なんか違うのかな?
……分からないや。
とりあえず、まずは帝に会うのよ!
かっこいいんだもん。
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