第六話 宮中へ行くことが決まりました!

月姫つきひめ、一緒に双六をしよう」

「月姫、薫物たきもの合わせをしましょう。得意でしょう?」

「いやいや、きんを聴かせてほしいなあ」


 月光る姫――月姫はうふふと笑いながら、兄たちの顔を見比べた。

魅了チャーム]を使っていないのに、こんなふうに大切にされるなんて。


蒼真そうま慶真けいま孝真こうま。月姫はもう裳着もぎを行った成人ですよ。きょうだいであっても、そのように近くに行くものではありません」

 淑子としこが言った。

「お母さま」


 月姫は淑子が大好きだった。

 淑子は常に優しく慈愛を持って、月姫に接する。

 月姫は――第一階層の管理者である凛月りるは、父も母も知らない。何しろ、第一階層には「親」が存在しないのだ。魂が器である肉体に宿り、出現する。そして、三月みつきで成人するまで、保育器の中で過ごすのだ。知識は保育器の中で、脳に直接送られる。


 それが、ここはどうだろう?

 月姫は淑子に頭を撫でられ、なんとも言えない温かい気持ちで満たされるのを感じていた。淑子の視線は優しく、こんな視線は[魅了チャーム]を使っても得られたことがない、と月姫は思った。

 三人の兄たちも優しかった。

 月姫は兄たちのことも好きだった。きょうだい、というものの存在を知識としては知っていた。しかしここで、知識じゃないところの本当の意味を初めて知った。


 それにしても、と月姫は思う。

 第一階層の住人は三月みつきで成人するのが当たり前だが、第七階層は違う。第七階層は今の月姫になるまでに、十三年もかかる。

 なんて、非効率なの! 役に立つまでに時間がかかり過ぎてどうしようもないじゃない!

 だけど。


「でも、母上。俺たち、まだ月姫が小さな女の子に思えて仕方がないんです」

 と孝真こうまが言った。

「そうです。何しろ、まだ三月みつきしか経っていないのです」

 慶真けいまが言うと、一番年長の蒼真そうまも「まだ赤子の姿が目の奥に残っているのです」と言った。

 淑子はにっこりと笑うと「そうねえ。わたくしも不思議な感じがしますよ。月姫はついこの間まで、本当に赤子だったものね。……でもね、今の月姫をご覧なさい」と言った。

 三人の兄たちは改めて、月姫を見た。

 月姫は輝くばかりに美しく、もう幼女ではなく結婚が出来る女性に成長していた。


「ああ、本当に美しい」

「輝くばかりだ」

「月の光のようだ。まさに、月光る姫」


 兄たちの称賛を受けながら、月姫はこういう感じ、悪くないわ、と思う。

 長い時間をかけて、しかも人の手で育てられるのは全く効率的じゃないけれど、なんていうかずっとかわいがってもらっている感じがして、とても居心地がいい。あたしは三月みつきで成人したのだけど、もし十三年もこうして大切にされるのであれば、それはそれで、ほわほわした気分が長く続いてよかったのかもしれないわ。

 月白つきしろさまに[魅了チャーム]を濫用するのは駄目だって言われているから使っていないけど、[魅了チャーム]なんてなくても、[魅了チャーム]使っているみたいな感じ。うふふふ。


「あなたたち、殿の、充真みつざねさまのお考えを分かっていますよね?」

 淑子に言われ、蒼真そうまたちは背筋を伸ばし、「もちろん、分かっています」と言った。

「お母さま?」

 月姫は一人きょとんとして、淑子を見た。

 淑子は娘を優しく見やると言った。


「月姫、帝からの文にはお返事をしましたか?」

「はい」

 月姫は、桂城帝かつらぎていのイケメンぶりを思い出しながら応えた。

 帝からの文、素敵だったわ。帝は顔がいいだけじゃなくて、中身も素敵なのね。ふふふ。

 だから、あたし、頑張ってお返事書いたの。筆を使うのは慣れなかったけれど。


 淑子はにっこり微笑んで言う。

「よかったわ。……月姫、聞いてくれますか?」

「はい」

「月姫は、今度宮中に出仕することになりました。典侍ないしのすけとして」

「え?」

 えーと、典侍ないしのすけって、秘書みたいな仕事する人のこと?


「しっかり頑張るのですよ。宮中の梨壺なしつぼに住んで、帝にお仕えするのです」

「お母さまは一緒に来てくださらないのですか?」

 月姫は寂しく不安になった。この第七階層で、常に月姫のことを慈しんで来たのは淑子だった。

「……ええ。だけど、月姫の仲良しである朝扉さとは、側近として一緒に行きますよ。それに、孝真こうまみかどの側近ですから、近くにいます。ね、孝真こうま


「はい。月姫、心配しなくても大丈夫だよ」

 孝真こうまは月姫に笑顔を向けた。

「はい、分かりました」

蒼真そうま慶真けいまも、出来るだけ月姫の様子を見に行くようにしますからね」

「はい、お母さま! あたし、頑張ります」


 淑子と離れることへの不安はあったが、月姫は桂城帝かつらぎていの顔を思い浮かべ、わくわくした気持ちになっていた。

 これまでちらりと姿を見かけることはあったけれど、ほとんど文のやりとりしかしてこなかった。

 何しろ、相手はみかどなのである。そんなにしょっちゅう会えるものではない。

 でも、宮中に行けば会えるわ! 何しろかっこいいよのね。ふふふ。

 月姫は心の中でガッツポーズをつくった。



 月を見ながら、月姫は第一階層の月白つきしろと交信していた。

『っていう感じでね、あたしちゃんとやっているわ。あ、[魅了チャーム]は使っていないわよ』

魅了チャーム]なくても、なんだか居心地いいもの! と月姫は思う。そうだ、大事なことを伝えなくちゃ。

『ふむ、なるほど』

『あ、でね、月白つきしろさま。あたし、宮中に行くことになったのよ! すごいでしょう?』

 月姫は興奮したように言う。


『……お前、任務を忘れているんじゃないか?』

 月白つきしろに指摘され、月姫はどきりとした。

『忘れてなんか、いないわ! 観察でしょう? 第七階層第八エリアの』

『それから、審判もある』

 ……審判。

『分かっているわよ』

『宮中に行くならちょうどいい。第七階層の第八エリアの政治をよく観察してくるがいい。未熟ではないか、腐敗はしていないか』

『分かっています』


 月姫は通信を終えると、月を眺めた。

 月は少し欠けて、十六夜の姿で月姫を照らした。


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