二章 桂城帝即位の礼の夜に

第三話 十八歳の新帝

 父である先帝椙原帝すぎはらていが崩御し、桂城帝かつらぎていは十八歳という若さで即位することとなった。


 即位の礼が粛々と行われる中、左大臣であり、伯父でもある藤原充真ふじわらのみつざね桂城帝かつらぎていに視線を送り、桂城帝かつらぎていはにこやかに笑みを返した。

 椙原帝すぎはらていが急な病で崩御したのは全くの予定外だった。

 桂城帝かつらぎていは緊張をしながら高御座たかみくらに座り、そこから臣下の面々を見た。

 冠をかぶりしゃく(細長い板)を持ち、ほう(上衣)を着て下襲したがさねきょ(すそ)を長く垂らした、正装した面々が、厳かな面持ちで並んでいた。


 今度は、右大臣家の血筋である大納言の橘治為たちばなのはるなりと目が合う。治為はるなりはそっと頭を下げた。治為はるなり桂城帝かつらぎていにとって、舅にあたる。桂城帝かつらぎていは妻である鈴子の童女のような顔を思い、憂鬱な気持ちになった。


 ……全く、頭が痛い。

 さて、どうしたものか。

 桂城帝かつらぎていはそう考えて、こっそりと小さくため息をついた。


 寿詞よごとを奏上し神璽しんじを献納した。

 即位の礼の中心儀式である、即位礼正殿の儀も終わった。

 全ては滞りなく進み、若く美しい桂城帝かつらぎていは、今後のことを考えると、色々と考えることは多いと頭を抱えつつも、儀式が無事に進んだことには安堵していた。

 後は一代に一度の大嘗祭おおなめまつりだ。

 



 五穀豊穣を感謝し、その継続を祈る大嘗祭おおなめまつりが終わろうとしたときだった。


「月が」

 誰かの声がして、桂城帝かつらぎていが空を見上げると、望月もちづき(満月)がゆらりと揺れたように見えた。そして、月光が垂れた――


「月の光が、落ちてくる!」


 藍色の空に浮かぶ、金色の月。

 その月から、光が垂れ、それは一本の光の筋となり、紫宸殿ししんでんの前にきらめきながら落ちて来た。光の筋の先には光る球体があり、それは金色の中に細かな白銀の粒がまばゆく輝いていた。


「……美しい……」

 思わず桂城帝かつらぎていが呟くと、他のものたちも美しさに息を飲み、「なんと美しい。小さな月が降って来たようだ」などと小さな声で囁き合っていた。


「これは瑞兆ずいちょうでありましょう!」

 いつの間にか桂城帝かつらぎていのすぐそばに来ていた、左大臣充真みつざねが言う。

「即位の礼の日の夜に、このような美しいものがみかどの御前に現れるとは。なんと喜ばしいことでしょう」

「……そうだな」


 桂城帝かつらぎてい充真みつざねの言葉にそう答えると、光る球体はふわふわとみかどの前まで移動した。まるで意志を持っているかのように。


 その様子を見て、桂城帝かつらぎていの側近である藤原孝真ふじわらのこうまが、さっと桂城帝かつらぎていと光る球体の間に立って、光る球体を睨みつけ太刀に手をかけた。

みかど、お気をつけください!」

 孝真こうまは左大臣充真みつざねの三男である。


孝真こうま、いい。大丈夫だ」

 桂城帝かつらぎてい孝真こうまを制すると、光る球体に近づき、そっとその光に手をかざした。

みかど!」

 孝真が鋭く言った。

「大丈夫だ、何ともない。……不思議な光だ。温かく、満たされる気持ちになる……」

 桂城帝かつらぎていがそう言った瞬間、光る球体からきらめく光が辺り一面に飛び散った。

 その光は月光のようで、そして金色と白銀の光の粒を撒き散らし、皆、そのまばゆさに圧倒された。


 しばらく光の波動は続いた。

 そして、美しい月光の波が収まったとき、みかどの手の中には小さな小さな赤子がいた。

 それは猫の子ほど大きさの赤子だった。桂城帝かつらぎていの両手すっぽりと収まり、目は閉じていたが幸福そうな表情で、口元にはかすかな笑みがあった。

「……これは……⁉」


桂城帝かつらぎてい、神よりの使いですとも!」

 充真みつざねが興奮したように言い、桂城帝かつらぎていの手の中の赤子をよく見て、さらに言った。

「……姫ですね。月の光から現れた、月光る姫……! 皆のもの! 桂城帝かつらぎてい御代みよは神に祝福された。この月光る姫がその証である! 月光る姫は神の使いである!」


 辺り一面歓声が響き渡った。

 その、桂城帝かつらぎていを祝福する歓声の中、月光る姫である赤子は目を開けそして笑ったように、みかどには見えた。


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