オコジョ Ⅲ

 カルさんが出張でいないから、ライブ配信はお休みしている。

 休みの間に、大学のレポートとか片付けようかと思ったけど手につかず、けっきょくいつものゲームをやることにした。

 実況でやってるゲームはFPSっていうジャンルで、プレイヤー同士が銃でうちあって勝敗をきめる。勝てばポイントがたまってランクがあがる仕組みで、ワタシは八つあるランクのうち上から三番目のダイヤモンドっていうランクにいる。今シーズンこそは、なんとかひとつ上のマスターランクにあがりたいところだ。

 いつもは実況仲間三人でチームをつくって参戦するんだけど、今日はカルさんもいないし野良でマッチングすることにした。どんな人とチームになるかわからないけど、組んだことがない人とプレイするのは新鮮だし、まだ見ぬ強い人と知り合えるチャンスでもある。

 クシードさん、ユースケさんの二人が、ワタシと同じチームになった。ボイスチャットで連携しようと提案すると、すぐにクシードさんからチャットルームのURLが送られてきた。このランクの人たちはみんなチーム内の連携が大切だってわかってるから、通話での連携に応じてくれることが多い。

 送られてきたURLにアクセスして、クシードさんのボイスチャットにつなぐ。

「オコジョです。よろしくですー。勝ちにいきましょう!」

 挨拶すると、ほどなくして二人の声がヘッドフォンから響く。

「よろしく」

 名前から女の子かと思ったけど、クシードくんは男の子だった。声がわかい。高校生くらいだろうか。この声、ちょっと好きかも。

「ユースケです。よろしくお願いします」

 落ち着いた声のユースケさんは、ちょっと大人な感じがする。

 マッチングが終わると二十チーム六十人のプレイヤーが広大なフィールドに降りたつ。生き残りをかけた、サバイバルゲームのスタートだ。

「基本、単独行動NGで、漁夫の利をねらっていく感じで。序盤でキルポイント稼いだら、はやめに安全地帯あんちにはいって強ポジをキープしましょう」

 セオリー通りの立ちまわりではあるし、わざわざ伝えるのもおせっかいかと思ったけれど、はじめて組む三人なんだから申しあわせておいたほうがいいに決まっている。

「りょ」

「OKです」

 降下地点から武器とアイテムを集めつつ、安全地帯あんちを目指して移動をはじめる。装備がそろってきた頃に、タイミングよく銃声がひびいた。そう遠くない場所で、おそらく二つのチームが撃ちあっている。

 両者が消耗したころに割ってはいって、漁夫の利をねらうのがかしこい戦いかただ。けれども状況によっては、六人を相手に戦うことになる。参戦のタイミングは大切だし、チーム三人がまとまって行動することが重要だ。

「とりに行きましょう」

 言いおわわるより先に、クシードくんが駆けだしていった。

「ちょっと!」

 あわてて呼びとめるけど、クシードくんは止まろうとしない。

「なに?」

 ヘッドフォンから、彼の声が返ってくる。

「単独ダメ! 三人でいこう!」

 彼からの返答はなかった。

「追いかけましょう!」

 ユースケさんと二人して、クシードくんの後を追う。

 単独で飛びだして死ぬのは勝手だけど、これはチーム戦なのだ。三人のうち一人が死んでしまえば、その後のゲーム運びが不利になってしまう。なんとしても、彼を死なせるわけにはいかない。

 カルさんとプレイするときは、ワタシが特攻して活路をひらくことが多い。けれども、勝算なくして特攻したりしないし、チームプレイを乱すようなやりかたもしない。実力もわからないチームメイトの無謀な特攻なんて、迷惑でしかない。

 ようやく追いつくと、死んでいるだろうと思っていたクシードくんは健在で、足もとに三つの死体がころがっていた。

「これ……クシードくんがやったの?」

 漁夫の利をねらったとはいえ、アシストなしで三人相手にキルを取るとはおどろきだ。

「あっち。岩の所」

 クシードくんの指す方向をみると、そこにも死体が転がっていた。

「え、一人で六人ぜんぶ!?」

「そうだけど?」

 こともなげに応えながら銃口を足元に向け、死体にむかって弾を撃ちこんでいく。

「ちょっと! なにやってんのよ!」

「なにって、死体撃ち?」

「ちがう! なんで死体撃ちしてんだって言ってんの! マナー違反でしょ!」

 勝敗が決まって死体になって動けないところに、さらに追い打ちをかけるように弾を撃ちこまれて、不快に思わない人なんていない。

「なに、マナーって。システム的にできるんだから、運営的にもOKでしょ? それとも、死体撃ちしちゃダメってルールでもあんの?」

「……ないけどさ。撃たれてるプレイヤー、動けないけど見えてんだよ?」

「知ってっし。見てるからやってんじゃん。こいつらが雑魚いこと、思い知らせてんだよ」

 そう言いながら、ほかの死体にも弾を撃ちこんでいく。

「だから止めなさいって! あんたが同じことされたらイヤでしょ!?」

「べつに。海外のサーバーじゃ、こんなの普通だし」

「あおってるって思われるじゃない」

「は? 煽ってんだけど」

 ダメだ。まるで話が通じない。

「とにかく止めて!」

 思わず、大きな声が出てしまった。

 勝負がついたあと、死体にまで弾を撃ちこむなんて間違ってる。いくらシステム的に可能でも、そんなのゼッタイに間違ってる! プレイヤー同士マナーを守って、敬意をもって接するのが当然じゃないか……。

「じゃ言わせてもらうけどさ、あんんた最初に勝ちにいこうって言ってたよね。そんなヌルいこと言ってて勝てんの? マナー守ってりゃ勝てんの? できること全部やって、勝ちを取りに行った方が良いんじゃねぇの? あんたも足元のソレ、さっさと撃ちなよ。これ、心理戦だよ? 自分の弱さを思い知って折れてくれりゃ良いし、煽られて冷静さ失ってまた向かってくるんなら、楽にキルが稼げてラッキーじゃん。勝つためにできること、全部やったら?」

 手段を選ばずに勝ったところで、そんなの全然うれしくない……そう思ったけど、返す言葉がでてこなかった。考えかたのミゾがうめられない……くやしくて、涙がにじんだ。ぼやける視界で、淡々と死体に銃弾を撃ちこむクシードくんを見つめることしかできなかった。

 沈黙をまもっていたユースケさんが口を開いたのは、そんなときだった。

「死体撃ちに関しては、僕はどうでもいいんだけどさ……」

「あ?」

「君、なにか不正行為チートツール使ってるでしょ」

「……ねぇし」

「射速が速いし反動も小さすぎる。あとキャラの移動も速いよね。君の後を追ったとき、どんどん離された」

「……バレないし」

 不正行為チートツールの使用が発覚すると、一発でゲームへのログインアカウントを剥奪バンされる。運営としてはゲームの存続にかかわるから、重くとらえているのだ。

「じゃ、ワタシが運営に通報する……」

「だからバレるようなツールじゃねぇって。通報したって、痕跡なんて残ってないから」

 クシードくんの反論に、フムとうなづいてユースケさんが続ける。

「バレるバレないは、僕にとってどうでも良い。でもこれは、明らかなルール違反だ」

「……」

「できることは何でもやれと君は言うけど、その中には不正行為チートも含まれるのかな?」

 ユースケさんの言葉に、クシードくんはなにも言いかえさなかった。

不正行為者チーターと一緒に、僕はプレイしたくない。ここで失礼するよ」

 そう言うと、ユースケさんはゲームを放棄して姿を消した。

「あんたはどうすんの?」

 クシードくんが、悪びれる様子もなくワタシにきく。

「ワタシもここまでにしとく。でもやっぱり、死体撃ちとか不正行為チートは間違ってると思う。今週はダイヤで野良やってるからまた遊ぼう? こんどは正々堂々たたかおうね」

 ちいさな舌打ちが、ヘッドフォンから響く。

「ウゼェ。偽善者かよ……」

 つぶやいてクシードくんは、ワタシの前から姿を消した。


 動画投稿サイトに、ワタシの動画がアップされたのは、それから二日後のことだった。『人気ゲーム実況者()オコジョによるオナニー実況』と名づけられた十分ほどの動画に映っていたのは、たしかにワタシだった。

 目線を入れたり局部をボカシたりと編集してあるけど、元になっているのはカルさんが録画した、二人でエロイプした時の記録……ワタシとカルさんのPCにしか、存在しないはずの動画だ。

 どこから流出したのか見当がつかず、カルさんを疑ったりもしたけど、結果としてはカルさんのしわざではなさそうだし、ワタシとしてはカルさんが犯人じゃないと信じたい。

 ライブ放送では当然のように、動画に対する質問や面白半分の冷やかしが乱れ飛んで、数日間は炎上状態だった。ライブのチャットが炎上することはわかっていたけど、騒ぎを恐れて放送を自粛したりしたら、それこそ動画が本物だと認めているようなものだ。

 リスナーには、声が似てるだけで別人だと説明して押しきった。ライブで顔だししてるのはカルさんだけだから、視聴者は容姿で判定することができない。このまま火けしができるんじゃないかと思っていた。

 しかし同じゼミの知りあいからの連絡で、大学でも大きな噂になっていることを知った。その噂が飛び火したのだろう……動画に映っているのがワタシだと認定するヤツラがあらわれて、いまではワタシ本人の動画として認識されてしまっている。ついでに言えば動画のコメントで、本名と大学の名前がさらされていた。

 サイト管理者にプライバシー侵害による動画削除を依頼し、削除してもらうことができた。けれども翌日には、違うアカントから同じ動画がアップロードされていた。動画の説明欄には「消したら増えるよ?」と書いてあり、ごていねいに本名と大学名をさらしたコメントまで転載されていた。

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