クシード Ⅲ

 ロードライトに誘われ、魔導連盟に加わった。

 彼女たちは騎士同盟と敵対し、ギルドウォーと呼ばれる集団戦で覇を競っている。集団戦だからこそ、頭数は必要だ。ただし、数さえそろえれば勝てるような単純な話ではない。戦闘を仕掛けるタイミング、本体の編成、後方からの補給、地形を考慮した布陣、本陣をどこへ置くか、戦力の展開は、伏兵の場所は……戦況は常に移ろい、常に状況に応じた戦略、戦術が必要になる。

 ロードライトは魔導連盟の盟主であるとともに、優れた戦略家でもあった。街で拾ったばかりの僕に、彼女はいきなり戦術立案を任せた。当然、古参のメンバーから反対の声があがった。けれども、彼女がすべて黙らせた。

 兵站を鑑み、戦場となる地を予想し、過去の戦闘記録にあたり、まずは無難な戦術をたてた。それでも伏兵を多く用いた騙し討ちとも言える戦術に、多くの反対の声があがった。しかし勝利を収めた。勝てばまた、次の戦術立案を任された。繰り返す間に、僕はロードライトの右腕としての役割を担うようになっていった。

 僕自身の戦闘力は決して、古参の戦闘メンバーに引けを取るものではなかった。けれども前線に出ずに知略を巡らすことに徹したのは、突出した二つの戦力が在ったからだ。魔導師メイジドー・グローリーと、獣魔使いテイマーにして吟遊詩人バードでもあるヘレスチップ・ビューティー……規模で劣る魔導連盟が善戦を続けているのは、この二人の力に依るところが大きい。

 ドーは魔導師メイジとして純粋に強い。そして桁外れの量の魔力を扱うことができる。高レベルの呪文スペルを、魔力を切らすことなく連撃できるのは彼女くらいのものだ。そして魔導師メイジでありながら戦士ウォーリアーとしての腕も立つ。ヘレスチップは、ドラゴンを始めとする強力な獣魔と盟約を結んで使役し、また楽器の音律に込めた魔力で盟約を結んでいない獣魔ですら従える。ドラゴンの戦力はまさに一騎当千。一体のドラゴンを戦場に投入するだけで、戦況は一変する。

 いつしかドーとヘレスチップ、そして僕とロードライトの四人は『魔導連盟の四天王』と呼び習わされるようになった。膠着状態が続いていた前線も、次第に首都ビットレインに向かって押し進められるようになってきた。もちろん長きに渡る騎士同盟による統治を、簡単に崩せる訳ではない。それでも希望の光が見えてきたと、ロードライトは言う。

 ビットレイニアの政治的勢力は、なにも魔導連盟と騎士同盟だけではない。第三の勢力としてヴェルペス通商連合が利権を貪ろうと両者を天秤にかけて立ち回っているし、他にも暗殺者アサシンギルドのように小規模ながらどの勢力にも属さず独自に動くギルドも数多く在る。

 世はまさに群雄割拠の時代。各勢力が竜闘虎争の争いを繰り広げているのだ。


 覇権争いも軌道に乗ってきた訳だが、こうなってくると飽きがきてしまうのは僕の悪い癖だ。状況を引っ掻き回してやろうとあれやこれやと画策するのだけれど、この手の企みは大抵ドーに先を越される。いや、彼女の場合は企んでいる訳ではなく、刹那的に動いているだけなのだろう。それでも結果として、完全に状況を引っ掻き回してしまう。ドーの破天荒の後始末に奔走するのがヘレスチップで、僕はそれを面白がって眺める役だ。

 ロードライトはどう思っているのだろうか。彼女の「好きにすれば良い」との言葉に、裏はないように思う。盟主らしくない……と言っては失礼だろうか、威厳という言葉とは程遠いところに居るように見える。それなのに……である。皆を好きに振る舞わせながら、それでいて一つの方向に向かってまとめ上げてしまう手腕には驚かされるばかりだ。

 僕がどんな悪ふざけをしようと……例えば街を丸ごと一つ腐泥に沈めてしまおうが、スケルトンで埋め尽くしてしまおうが、ロードライトに咎められる事はない。結果として僕の悪ふざけは、魔導連盟の利益に帰着してしまうからだ。

 決して僕は、組織のためにふざけている訳ではない。それでも魔導連盟に利する結果となるのは、一体どういった力が働いているのか……ロードライトに巧く転がされているのではないかと訝しんではいるのだけれど、未だ確証は持てずにいる。無意識の内に彼女の手のひらの上で転がされているだなんて、信じたくもない。

 いつもフワフワとして掴みどころがないロードライトだけど、一度だけ感情を顕にしたことがある。僕がビットレイニア王の暗殺を図った時のことだ。王都ビットレインで行われた式典に忍び込み、騎士同盟お歴々の眼前で王の暗殺を図った。その頃の僕は、表の破天荒はドーに任せて、裏でゲリラやテロリストのような動きをするようになっていた。

 式典の間は当然、王は多くの護衛と強力な結界で護られている。この結界は言わばこの世界の理のようなもので、この世界に存在する如何なる力であっても破ることはできない代物だ。

 けれども僕は理の外より力を持ち込んでこれを破った。結果、暗殺は成った。当然のように騎士同盟の高位僧侶ハイプリーストたちにより蘇生リザレクションが施されたが、状況を把握しきれない護衛とそして王本人の隙を突いて、二度目の暗殺が成った。

 式典中に王陛下襲撃を許したなどと知れては、警備を担う騎士団の面目が丸つぶれだ。騎士同盟は襲撃の事実を闇に葬ろうとしたが、その日の内に皆の知るところと成った。人の口に戸は建てられないということだ。

 事の顛末を知ったロードライトは、珍しく怒りを顕にした。あのように感情を高ぶらせた彼女を見るのは初めての事だった。

 彼女の怒りは、ビットレイニア王の暗殺を図った事ではなく、この世界の外より力を持ち込んだ事に向けられた。理を捻じ曲げた事によって、この世界からどんな報復を受けるか解らない……そう言って彼女は、悲しみに満ちた声で僕を叱った。

 そう、彼女は僕を『叱った』のだ。珍しく感情を高ぶらせてはいたけれど、怒りをぶつけられたのではなく、確かに僕は叱られたのだと思う。

 幸いにも大事なく事は終息した。僕が外の力を持ち込んだのは、これが最初で最後だ。この先だって、外の力を持ち込むことはないだろう。この世界からの報復を恐れてのことではない。ロードライトを悲しませたくないからだ。

 初めての経験だったように思う……叱られた事は。

 ママは僕を叱っただろうか。学校の教師たちは僕を叱っただろうか。叱るという言葉を、どう定義するかによるだろう。何かを伝えようとする意思が働いていれば叱ったことになるのであれば、叱られた経験があるという事になるのかもしれない。

 けれども、それでは足りないのではないだろうか。何が足りないかと問われれば、言葉に詰まってしまうのだけれど、『何か』が足りていないのだと感じる。

 ロードライトの言葉には、その『何か』が在った。叱ると呼ぶに値する『何か』があったのだ。僕はそれを、『愛』だとか『思いやり』みたいな言葉で表したくない。けれども、どう呼ぶのが適当なのか判らないから、やはり『何か』は『何か』だと言う他にないのだ。

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