オコジョ Ⅱ
日のまぶしさに目がさめた。
ベッドの上でいちど、大きくノビをする。目をこすって壁の時計をみてみれば、針が十一時をさすところだった。
そろそろ起きようと、ノソノソとベッドからはいだす。立ちあがって息をすいこみ、もういちど大きくノビをする。息をついて部屋をみまわすと、デスクのまわりに丸めたティッシュがいくつも転がっていた。
なんでこんなにティッシュがとふしぎに思ったけど、すぐに思いだした。昨夜カルさんと、エロイプしたときのティッシュだ。
はずかしくなってしまい、あわててティッシュをひろいあつめる。乾いてガビガビになってしまったティッシュを、まとめてゴミ箱につっこんだ。
ベッドわきにも転がっていることに気づいてひろいあげてみれば、それはティッシュではなく昨夜ワタシがぬぎすてたショーツだった。ハッとして下半身を見れば、下着をつけていなかった。
昨夜、デスクでエロイプしてて何度も何度もイッてしまい、腰がくだけそうになりながらベッドにたおれこんだ……ような気がする。それでも足らず、カルさんにいやらしい言葉をなげかけてもらいながらベッドで……なるほど、だからノートPCやヘッドフォンがベッドの上にあるわけだ。
ふといやな予感がして布団をめくると、まるでオネショでもしたかのようにグッショリとシーツが濡れていた。
「なるほど、なるほど。またやってしまいましたか……」
太ももあたりの皮膚にのこる、かわいてひきつれた感覚はそういうことか……へんに納得しながら、ぬれたショーツを広げた。
となりのダイニングに、人の気配がある。めずらしくママが帰ってきてるみたいだ。ママがいるのならノーパンで部屋をでるわけにはいかない。がまんして冷たいショーツをはいて、部屋着を身につける。
「おはよう、ママ」
ダイニングテーブルのいつもの席に座って、ママはスマホを見つめていた。視線だけを動かして、チラリとワタシをみあげる。
「あんた大学は?」
「えっと……今日は休講なんだ」
不機嫌そうなママの声。うたがいの目が見つめる。
ヤバい。ゼッタイにあやしまれている……けれども気のきいたイイワケなんて、いきなり思いつくはずがない。
「……まぁ、いいけど」
興味をなくしたかのように視線をスマホにもどすと、ママはタバコをくわえて火をつけた。投げ捨てるように置かれた百円ライターが、音をたててテーブルをすべる。やがてタバコの横におかれた鍵束に当たって、耳ざわりな音をたてた。鍵束には、くたびれた革のキーホルダーが付いていている。ママが昔から使っている、ヴィトンのキーホルダーだ。
「ママ、なにか飲む?」
タバコの煙から逃げるようにガスレンジの前に立ち、換気扇のスイッチをいれる。
「コーヒー」
「おっけー。すぐにいれるね」
タバコのニオイがイヤで換気扇をつけたのだけれど、そのことを気づかれたくなくてお湯をわかしてごまかした。よくある我が家のワンシーンってヤツだ。
「大学。行かないんだったら、やめていいから」
またもや、不機嫌なママの声。
「やだな。ちゃんと行ってるってば」
以前から休みがちではあったのだけれど、カルさんとゲーム実況をはじめてからは大学にいかない日がふえてしまった。講義なんて最初からついていけてないし、会いたいような友達もいないし……。だったら少しでもキルがとれるよう、ゲームの練習していたほうがいい。きっと少しくらい休んだって平気だ。出席日数ギリギリでいいから講義にでて、レポートの提出さえサボらなければ、不可をつけられるようなことはないだろう。
いまは大学よりも、実況のほうがだいじなのだ。チャンネルの登録者も千人をこえて収入がではじめてるし、たくさんの人たちがカルさんとワタシのゲームプレイをみて、そして実況をきいてよろこんでくれている。もっともっと、みんなに楽しんでもらいたい……いまはそれがいちばん大事だと思うのだ。
「お湯」
「え?」
「え、じゃないよ。沸いてる」
ママがアゴでヤカンをさす。勢いよく、ヤカンが蒸気をふきだしていた。
マグカップを二つだして、インスタントコーヒーの粉をいれる。
「ママ、ブラックでいい?」
問いかけた言葉に、返事はなかった。
ワタシのマグにだけお砂糖とミルクをいれて、お湯をそそぐ。
「コーヒー置いとくね。ブラックだから」
テーブルの上にマグカップを置くと、ママはスマホを見つめたまま少しだけうなづいた。
ママのむかいの席にすわってコーヒーを一口のんだとき、喉がカラカラに乾いいることに気がついた。熱くて甘い飲み物よりも冷たいお水をゴクゴク飲みたいと思ったけれど、席を立ちたくなくてチビチビと甘いコーヒーをなめつづけた。
「ねぇ、ママ。最近どう? お仕事たいへん?」
顔色をうかがいながら、そっときいてみる。
ママはかわらず不機嫌な表情でスマホをにらんでいて、ワタシの質問には眉をピクリと動かしただけだった。
「……べつに。普通」
少したってから、ぶっきらぼうな言葉がかえってくる。
「あ、あの、ワタシね、大学でさ、友だちができてね、その子ってばとっても成績がよくってね……」
「あのさ」
つよい調子でママが会話をさえぎる。
「な、なに?」
「いま忙しいんだけど」
「……そうだよね。ごめんね。うるさかったよね。そうだ、ワタシ、シャワーあびてこなくちゃ」
逃げだすようにして、ダイニングを後にした。
Tシャツとぬれた下着を洗濯機につっこんでお風呂場にはいると、ため息がこぼれてしまった。いや、ダメだ。ため息なんてついてちゃ。ママはいつだってワタシのために働いててくれて、大学に通えるのだって毎日ごはんが食べられるのだって、ママのおかげなのだから。
蛇口をひねって熱めのシャワーをあびる。シャワーヘッドを手に取り、お湯を下腹部にあてた。愛液でガビガビになってしまった下半身を、まずは何とかしたい。しばらくシャワーを当てていると、不快感がシャワーにとけて流れていった。陰毛のあいだにのこった白いモヤモヤをこすりおとしたあと、頭からシャワーをあびる。
固くなってしまった体が、ほぐれていくような感覚……ケバだっていた気持ちがやわらいていくような気がする。
ふいに、カルさんの声をおもいだす。低く響くような、高く伸びるような不思議な声……ワタシが声フェチだってのは、ホントのことだ。お気に入りの声をきいているだけで、キュンキュンして息がくるしくなってしまう。ワタシの好きな声の中でも、カルさんの声は特別だ。
イケボ実況者をさがして動画サイトをウロウロしていたとき、ぐうぜんカルさんの放送を見つけた。初めて声をきいたとき、電気が走ったみたいにゾワゾワとした感覚が背中をかけぬけていった。
カルさんの配信の視聴者数がまだ二桁だった頃、チャットしてるのはワタシを含めて十人もいなかったはずだ。それだけにチャットを拾ってくれる確率もたかくて、カルさんがチャットを読みあげてくれるだけでうれしくて、そのために毎晩ライブ実況にかよっては頑張ってチャットをうっていた。
「オコジョさんは、学生さん? それとも社会人かな?」
画面の向こうから問いかけるカルさんに、思わずチャットで「学生です。女子高生!」と答えてしまった。女子大学生よりも女子高生のほうが、カルさんが興味をもってくれると思ったからだ。
「女子高生かぁ。リアル女子高生? それとも自称女子高生のおじさんかな?」
あわててチャットに「リアル! リアル!」って書いたけど、他の人も面白がって「リアル女子高生(自称)じゃなくて?」とか「この放送に、女子高生がくる訳がないwww」なんて書きこんでいた。そんな一視聴者っていう立場から、いつしか一緒にライブ放送をするようになって、さらに今では……。
振り返ってみれば、よくあのとき、「エロイプしてみたい」だなんて恥ずかしいことが言えたものだ。自分のことながら感心する。どこからそんな勇気がわいてきたのか不思議だ。エロイプを始めたころは胸をみられることすら恥ずかしかったのだけれど、今となっては胸どころか……その、なんというか、ワタシの体でカルさんに見せてないところなんてない。
ホント、カルさんの声は特別だ。あの声で命令されると、どんな恥ずかしいことだってできてしまう。求められるがまま、自分でもおどろくくらいに、どんどんエッチになってしまう。ワタシがいやらしいことをして、カルさんが気持ちよくなってくれるのなら、ホントになんでもできるような気がするのだ。
ふと、カルさんと実際に会ってみたらどうなるだろうか……そんな考えが頭をよぎった。どこに住んでいるのかすら知らないのだけれど、二人とも日本にいるのだ……会えないような距離ではないはずだ。
実際に会ってしまったら、やっぱりエッチとかしてしまうのだろうか。毎晩のようにエロイプしてる二人なんだから、当たり前のようにやっちゃうような気がする。男の人とエッチするだなんて、他人に体をさわられるだなんて、考えるだけでこわい。でもカルさんだったら、なんとなく大丈夫なんじゃないかって思う。
カルさん、ワタシなんか抱いてくれるだろうか……シャワーにうたれながら目をとじて、実物のカルさんに抱かれている自分を想像してみた。エロイプのときの妄想の中のカルさんじゃなくて、実際にさわることができる本物のカルさん……。男の人に抱かれる感覚って、どんな感じなのだろうか……アレコレ想像してみたのだけれど、うまくイメージすることができなかった。
でもカルさんが耳元で、そっとささやいてくれたら素敵だろうな……そう思った。
髪をふきながらダイニングに戻ると、ママの姿はなかった。つけたはずの換気扇は止まり、テーブルに置いてあったタバコや部屋の鍵もなくなっていた。
もしかしたら最初からママは帰ってきてなかったのかもしれない……そんなふうに思ったりもしたのだけど、のこされた飲みかけのコーヒーと鼻をつくタバコのにおいが、たしかにママがいたことを教えくれた。
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