クシード Ⅱ
高校に行かなくなり部屋に引きこもるようになっても、やる事はいままでと変わらなかった。より多くの時間を、プログラミングに充てることが出来るようになっただけの事だ。覚えたい言語はまだ在るし、作りたいアプリのアイディアも山のように在る。
けれども一日中プログラミングだけというのも味気がないかと思い、夜は気分転換にゲームをして過ごす事にした。ずっとやっているFPS系のゲームは、程々のランクをキープすることだけが目的になっているから、気分転換としては刺激が足りない。新たに『ビットレイニア・オンライン』という多人数同時参加型のオンライン
ビットレイニアで面白いと思ったのは、戦闘職だけではなく生産職が在る事だ。たとえば鍛冶屋や裁縫師や大工のような職業があり、自分が生産した武器や防具、家具などをプレイヤーに販売することができる。
つまり冒険や狩猟だけでなく生産でも価値を生み出すことができ、プレイヤー間で流通させることができるのだ。ゲーム内に経済の仕組みが在り、そのことがビットレイニアでの生活にリアリティーを与えていた。そう、生活だ……そこには生活があったのだ。
初めてこのことを理解した時、感動にも似た驚きを覚えた。プログラムで構成された世界に、極めて擬似的ではあるが人の暮らしが息づいているのだから。
手始めにクシードという名のキャラクターを作り、
ビットレイニアには広大なフィールドやダンジョン、国や街、権力構造の枠組みなどが用意されているけれど、この世界で何をするのかはプレイヤーに委ねられている。魔物を狩ることで生計を立ててもいいし、農業や漁業、畜産で生計を立てることも出来る。自分の店を構えることも出来るから、商人として生きることだって可能だ。ダンジョンに挑んでこの世界の神秘を解き明かすことも出来るし、三つ在る政治的勢力のいずれかに属して覇を競う事だって出来る。さらに言えば、プレイヤー同士の戦闘も可能だから、山賊や海賊のような生き方だって出来る。冒険者たちがレイドボスを倒した瞬間を襲撃し、戦利品を横取りするようなことだって出来てしまうのだ。
いずれにしても大きな事を成そうと思えば、仲間が必要になることは明らかだった。ソロで成せる事にはやはり限界がある。
「また仲間づくりか……」
同時参加型のオンラインゲームをプレイしている時点で、こうなることは解っていたはずだ。多人数が同時にプレイする仕組みである以上、多人数で事が成せるようにデザインされるのは当然のことだ。解っていたはずなのに、仲間を作ることがどうしても厄介ごとのように感じられた。
現実世界では徹底的に独りであることを好み引き籠もるまでになったというのに、ゲームの世界では仲間を作らざるを得ない状況に身を置いている事が不思議だった。仲間をつくることが嫌ならば、オンラインゲームなんてプレイしなければ良いだけのことだ。なんとなく矛盾を感じていた。そして矛盾を孕んでいる自分のことを興味深いと思った。自分の事なのに、まだ解らない事が在ることに驚きもした。
ビットレイニアには王都ビットレインをはじめとして、大小様々な街が在る。その中から、二番目に大きなグルーモウンという街を拠点に選んだ。この街には魔導師ギルドの本拠地が在る。僕は
グルーモウンの目抜き通りにほど近い公園が、この街の情報交換の場となっていた。公園のベンチに座って、集う人々の言動をぼんやりと眺める。パーティーメンバーの募集をする者、自らの製作物を並べて行商をする者、修行の指南を求める者……本当に様々な人たちが居るものだと感心する。
声高にビットレイニア王の専制を糾弾し、激を飛ばす者も居た。今でこそビットレイニア王国の地方都市であるグルーモウンも、元は独立した国家だったそうだ。その昔、この世界では二つの勢力が覇を競っており、その一つがグルーモウンに拠点を置く魔導連盟だった。騎士同盟が覇権を握った今、魔導連盟の主だった権力者は粛清されたと聞く。それでもなお魔導連盟は、この国の二大勢力の一つに数えられている。そして三番目の勢力は、機を読んで巧妙に立ち回り漁夫の利を得んとするヴェルペス通商連合だ。騎士同盟、魔導連盟、通商連合……三つの勢力の争いは、今でも水面下で静かに続いている。
せっかくビットレイニアに降り立ったのだから、なにか大きな事を成したいという思いはある。しかし、身の振り方を決めかねていた。どこかの冒険者ギルドにでも所属してクエストをこなして過ごすか、パーティーを組んでダンジョン攻略でも目指すか、それとも鍛冶屋か大工に転職して生産者として身を立てるか、はたまた山奥にでも居を構えて、隠遁者のように過ごすか……そんな迷いを抱えながら、公園でぼんやりとする日々が続いた。
彼女に出会ったのは、迷いが晴れず悶々とした日々を過ごしている時だった。
「ずっとソコに座ってるのね」
頭上からの声に顔をあげると、薔薇色の長髪をなびかせた女性が僕を見下ろしていた。グルーモウンに来てから、いや、ビットレイニアに降り立ってからずっと会話らしい会話をしてこなかったから、面食らってしまいとっさに応えることが出来なかった。
「あら、だんまり? 寂しいわ……」
そう言いながら、断りもせずに隣のベンチに腰を下ろす。
「ねぇ、何してんの?」
「べつに……。ボーっとしてただけって言うか……」
「なんだ、しゃべれるじゃない」
「はぁ、まぁ……」
「見かけない顔だけど、どっから来たの? もしかして
屈託がないといえば聞こえが良いが、遠慮のない調子で踏み込んでくる。
「新人……っす」
「え、本当に? 新人なのにもう
スキルを上限まで修めると、GMの称号を得ることができる。前線に出るにはGMであることは必須だが、新人でGMの称号を持つ者は少ない。
「しかも
もしかして僕は、街に居てはいけない存在だったのだろうか。まだ把握できていないこの世界の常識が在るようだ。
「ねぇ、暇なんでしょ?」
「暇っていうか……まぁ……」
「ウチの仕事、手伝いなさいよ」
「え、えぇ!?」
「良いでしょ?」
「い、いいけど……」
勢いに押し切られる。
「決まりね。あなた名前は?」
「クシード。あんたは?」
「ロードライトよ。ロードライト・アルマンダイン」
どこかで聞いたことがある名前だと思った。けれども、思い出すことができなかった。この名前が、魔道連盟の盟主の名だと気づくのは、もう少し後の話だ。
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