旅人




運が良かった。


石畳の道を歩きながら、旅人は考える。




村の門番をしている女に、自分が王国からの使者であることを伝えても、女は怪訝けげんそうな顔をして門を開けようとはしなかった。


こういう場合に備えて王国から武装した従者が派遣されたのだが、村の者が警戒心をいだかぬよう、時が来るまでは戻らないように言いつけて帰してしまっていた。


交渉役も引き返す馬も無く途方に暮れていると、村の外であきないをして戻ったばかりだという、中年の女が声をかけてきた。


いきさつを話すと、女は長の娘で門番の女に話をつけた上、そのまま長の家に案内されたのだ。



(長の娘が来なければ、どうなっていたことか…)



長は、王国からの使者を神々の恵みだと喜び、家の者に命じて宴の用意をさせた。


「はるばる王国からわざわざ辺鄙へんぴな村に来ていただけるなんて、しかもこんなに美しい殿方とのがたに」


長は宴の席で王国のことをあれこれ聞くので、旅人も王国の近況など教えながら、アマゾーンの国を調査しに来たむねを差し支えない程度に伝えた。長は、こんなに良い日はめったにい。と言って、さらに喜ぶのだった。



(打ち解けたと思って油断したのがまずかったか…しかし、村のことはあらかた聞き出せたしほかの村への かりもつかんだ。先は明るい)




石畳の道が続く。




長の娘と、ここを通った時には、女たちが石を運んでいた。

ここは本当に女しかいない。


畑で牛にすきを引かせるのも女だし、村の入り口で門番をしていたのも女だった。



(あの女はずっと、自分の姿をジロジロ見ていたな)



ここでは男を見る機会が本当に無いらしく、女を見かけるたびに、相手は我が目を疑うような顔をして驚くのだ。

頭からつま先までまじまじと見る者、すれ違ってからハッと振り返る者、物陰から覗く者……



物珍しさからか、あるいはほかの感情からか。





道沿みちぞいには木造の家が並び、風が運ぶ木の香りが旅人の心をなごませる。

建設中の家屋かおくでは、がたいの良い女たちが作業をしていた。


(…あの建物は、誰が造ったのか)



旅人は丘の上にある、男たちの住居を思い出す。


(女たちが入れない場所なら、男たちが造ったのかもしれない)


(しかし、あれほど希少で大事にされている男たちを、労力にするとは思えない)




文献によれば、アマゾーンの人口は大半たいはんを、女が占め、男は一割にも満たないという説がある。

おそらくは男児の出生率が低いか、何らかの理由で男性の死亡率が高いのだろう。



旅人はまた、筆記具を出してペンを走らせた。




彼女たちは好奇心は強いが内向的で、他人に危害を加える者はいない。




(それにしても……)



「良い収穫だ」



アマゾーンには、様々な噂や俗説が飛び交い、王国でも情報が不足している。


そこで旅人が名乗り出て、みずからの説を証明するべく、アマゾーンとの接触をこころみたのだった。



アマゾーンとは、多様たようで好戦的な者もいるが、多くの者は争いを好まず、平和的な交流が可能である。



旅人は、幼少のころから読みあさった書物から得られた、研究の成果に満足していた。


そして、いまだ神秘と恐れに包まれているこの種族と、どこよりも早く接触して交流の機会をもうければ、王国のえきにかなうとも考えていた。




アマゾーンの村は数多あまたあって、それぞれが独自の文化を持ち、それが一つの国として繋がりを持つ。

周辺の国々と比べれば小規模だが、アマゾーンの住む地域は辺境を越え拡大を続けている。


他国がアマゾーンと手を組み利用すれば、王国にとって厄介な事になるだろう。


先手を打たない手はないのだ。





旅人は筆記具をしまうと、あらためて村を見回みまわした。


調査はまだ始まったばかりだが、旅人は確かな手応えを感じていた。




この調子で、他の村にも行こう。

そろそろ従者がむかえに来る時間だ。




旅人は村の入り口を目指して、さらに歩みを進める。




「殿方」




声の方を振り向くと、若い女が立っていた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る