第11話 人間だもの

「もっと殺意を摂取してぇな」


「私は今これほど短時間で殺意に溢れたことはないですね」 


「え? なんで?」


「……ホント、病気? 病気なの?」


「病気と健康の境目は、生活に支障があるかどうかだ。俺の生活には何の問題もない。だから病気じゃない」


「そーですか。それはようござんした……」


「生活はいたって幸せだ。だからあえて殺意がほしいんだ。刺激がないと、生きていることを忘れるから」


「……はあ? 人格破綻しすぎて、頭がお花畑にでもなったんじゃないですか?」


「頭をお花畑にするために、人格を捨てるのは正しい手段だ」


「コーギー化して恥を晒しながら幸せになるくらいなら、私は今のままでいいです」


「MMBDらしい結末だな。本屋に行くと、手を変え品を変え売ってる類の」


「……もっと自分らしく生きろ、とか言いたいんでしょ……?」


「それが正しかったとしても、流行りには乗りたくないんだよ。自分らしくいましょう、好きなことに没頭しましょう。正しいんだけど、甘く聞こえるよねぇ。もっと辛酸を舐めた方が人間として深みが増す気がするし、そうでなくちゃ困る気もするし。なんせ許せねぇよな、楽して幸せになっている人間なんて」


 あの同級生を思い出す。努力……はしていると思う。でも、顔もスタイルも頭の良さも性格の明るさも、元が違う。スペックが違う。スタートラインが違う。そういう世界で、そういう人たちと私はこれからも生きていかなくてはいけない。だから私は二倍も三倍も努力しなきゃいけないのに……。わかっているけど、それもできない。



「俺、動物には優しいんだ。だからレタスとサメを選んだら手ぬるくなってしまった」


 レタスは動物なのか?


「あと、同性愛にも優しいんだ」


 あ、そう。


「このまま優しい俺のまま生きてもいいのかな?」


「好きにすればいいんじゃないですか?」


「ほら、優しい人間って、つまらなさそうじゃない?」


「つまんなくてもいいんじゃないですか?」


「人間だもの?」


「ううーん……はい、じゃあそういうことで」


「黙ってれば、優しくすれば、平和で幸せな人生を送れることは知ってるんだ。日本にいるかぎりは、まあまあそうだろう?」


「はあ、そうかもですね」


「平和で幸せなら、それでいいのかな」


「いいんじゃないですか……一番尊いことですよ」


「刺激を求めるのは贅沢かぁ。今まで通り、品行方正な人類の手本みたいな生き方に戻るか」


 壊れている人は幸せなんだなと思った。

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