第6話 イマジナリーハロウィン
いつまでもこんな変態に付き合っている暇はない! 幸い、デパートに入るためにコイツは金属バットを着ぐるみ(おそらくパジャマ)の中に隠している。逃げるなら今だ。
レタスにまだブツブツ言っている隙に、少しずつ距離をとる。完全に死角に入った。よし、ダッシュでエスカレーターを駆け上がろう!! そう思ってアイツから視線を外した時だった。
「櫻子ちゃん! 久しぶり!」
声をかけられた。
目の前に、赤ちゃんを抱いた笑顔の女性がいる。その横には旦那さんと、手を繋いでいる男の子。
高校の同級生だ。クラスの人気者。明るくて華やかで優しくて、私とは大違いのカースト上位女子。
「あ……久しぶり……! 元気だった……? 二人目、産まれたんだね」
突然のことで声が弾まない。取り繕えているだろうか。
「うちらは元気だよぉ。この子は半年前に産まれて。子どもは一人だけって思ってたから、びっくりしちゃった。行き当たりばったりな性格は高校から変わってないんだよね、私たち」
旦那さんも高校の同級生だ。顔は知っていたが、話したことはなかった。
彼女は学生時代と変わらないスタイルと大きめの口でキレイな笑みを作る。変わったのは、そこに隙のない真っ赤な口紅が塗られていることだ。髪は美容室帰りみたいに整えられていて、服もそのまま雑誌のモデルをできそうなくらいオシャレだ。
二児の母をしながら自分磨きも怠らないなんてすごいな……。自分と彼女の間に見えないガラスの壁が何重にもある。
「それ、不思議の国のアリスみたい! 可愛いね、似合ってる!」
笑顔が眩しい。
ありがと……と言って、苦笑いをする。
よりによって今日会ってしまうとは。彼女が家事や子育てを頑張っているときに、私は自分のことしかしていない。こんな浮かれた格好をして、小説なんか書こうとしている。……いや、書けてるならまだいい。書いてもいない。結局、何もしてない。高校時代から、私は何も変わっていない……。
「ごめん、もっと話したいんだけど行くね。今度ごはん行こうよ! 連絡するから」
彼女は華奢な手首で手を振り、旦那さんも軽く頭を下げた。赤ちゃんは周りをキョロキョロ見ていて、手を繋いだボクはパパの足にしがみついている。
まさに幸せな家族。四人は商品棚の向こうに消えた。
「みんなちがって、みんないい。じゃなかったのか?」
いつの間にか姿を消していたコーギーが、またいつの間にか現れた。
「……”いい”んじゃないですか? 別に」
私と彼女……いや、彼女たちはちがう。そしてそれで”いい”。
「キャベ……いや、レタスとキャベツより断然わかりやすいちがいだな」
「……並列助詞の”と”を使うなら、言い直さなくてもよくないですか……」
「そんな、”かける数とかけられる数を入れ替えても答えは一緒だから、順番どっちでもよくないですかあ〜?”みたいな理屈を言うな」
「かけ算はちがうだろ! 語尾うっざ!」
コーギーは、急にブフゥッと吹いて笑い転げ始めた。
「今気づいたけど! コレ、イマジナリーハロウィンだwww」
「え? ああ、全くもってお品も向上心もないイマジナリーですね!」
私は今なら鈍器でコーギーをヤれると思った。
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