C級ダンジョンになんでS級邪神がいるんですか?

砂塔ろうか

S級探索者の方は名乗り出てください。

 かつて、この世界を滅ぼしかけた帝国があった。


 その帝国の魔術師たちの間では「己自身の思い描く世界を現実に出現させる魔術」——いわゆるダンジョン魔術が大流行し、その結果として国内外のあちこちにダンジョン発生の術式が施されるに至った。


 帝国が滅び、ダンジョン魔術が禁忌指定を受けた今もなお、ダンジョン魔術の完全な撤去は進んでおらず、むしろ異界から物品や生物を呼び込み生成されるダンジョンの存在は文明の基盤として社会に取り込まれつつあった。


 そうして生まれた職業こそが探索者。

 一攫千金も夢じゃないダンジョン探索で身を立てようとする、夢追い人だ!


 ◇◇◇


「このダンジョン、妙に敵が多いうえに強くない……? しかも、なんの前触れもなく突然出てくるし……」

「シィさんもそう思いますか?」

「なんか……だんだん得体の知れないバケモンが増えてってンのは気のせいか……?」

「……気のせいじゃないと思うなぁ」

「妙だな。偵察隊の報告ではこのダンジョンはC級、とのことだったが……」


 石造りの通路。オーソドックスなスタイルのダンジョンの一室で、僕達は焚き火を囲み話し合っていた。

 ここはいわゆる休憩所。後期ダンジョンによく見られる、探索者たちが身体を休めるためのスペースだ。


「もしや……ちょっと待ってくださいね。《ダンジョンインフォ》で調べてみます」


 眼鏡をかけた魔術師ウィザード、クララが石版タブレット型結晶を操作しダンジョン探査アプリケーションを起動。動作実行に必要な詠唱が自動音声で流れ始める。《ダンジョンインフォ》は安価で利用できる低級冒険者の味方である一方で、ある程度ダンジョンの奥へ進まないと利用できないという弱点があった。

 C級ダンジョン程度であれば初見殺しはまずなく、情報がほとんどなくとも問題なく進めるのでそれが問題となることはないのだが……どうも今日は、様子がおかしい。


「あっ!」


 クララが大きな声を出す。


「こ、こここ、ここ! S級ダンジョンです……!」


「はあ!? ンなわけあるか……! おい、その石版タブレット貸せ!」


 戦士ウォーリアーのデルタくんがクララから石版をひったくる。そしてすぐに「おいおいおい……」と呻いた。


「冗談じゃねぇぞ……! マジでS級じゃねぇか……!」


 デルタくんがその場に脱力して座り込む。クララに石版を返すと、デルタくんは頭を抱えた。

 クララは石版を操作し、さらに判明した情報を僕達に共有する。


「ええと、このダンジョンの性質、製作魔術師についても判明しました。製作者はシレンスキー。第5次ダンジョンブームを代表する魔術師ですね。彼のダンジョンの特徴はなんといっても、調ということ」


「ああ。偵察隊は大抵D~C級探索者が小遣い稼ぎでやることが多い。んで、《ダンジョンインフォ》なんかの探査アプリを使わず引き返してきたから、製作者の名前や難易度調整される仕様に気付かなかった、と」


 流浪人サムライのアンズが冷静に見解を述べる。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 メイス握りしめ声を上げたのは神官プリーストのシリカさんだ。翡翠の結晶の耳飾りを揺らし、彼女は言う。


「それじゃあつまり、今、このダンジョン内にはS級探索者がいる……そういうことに、なりませんか?」


 しん。と一瞬の静寂が訪れる。


 確かに、シリカさんの言うとおりだ。ダンジョン探索をする際は、必ずギルドで依頼を受注してダンジョン侵入用のスクロールを貰う必要がある。自然発生したダンジョンは偵察隊が確認後すぐに魔術により封鎖。鍵となるスクロールを持たない者は侵入できないようにする——という規則になっているからだ。

 偵察隊が確認した時はちゃんとC級相当の難易度だったとすれば、偵察隊より前にS級探索者相当の実力を持つ何者かが侵入していた……ということは考えづらい。

 そして、ダンジョン探索は一度に1つのパーティのみ、というのが原則。


 すなわち…………S級探索者がいるとすれば、ここにいる僕達6人以外にありえない。


「それじゃあ、リーダーとして尋ねさせてもらうよ。S級探索者の方は名乗り出てください」


 しん……と静まりかえっている。手を挙げるものすら一人もいない。


「オイ! この中に居るのはわかってんだぞ! さっさと手ェ挙げろや!! ぶん殴っぞ!!!」

「お、落ち着いてデルタくん……この中で一番弱いの君なんだから……」

「だから落ち着けねェんだろうがよ!」


 怒号を飛ばしつつも、華奢な体付きのシリカさんにデルタくんは完全に抑え込まれていた。ランク格差は見た目も体格も性別さえも超越する。絶対的なこの世界のルールだ。


「ええと、とりあえず皆、探索者証を見せて自己紹介してくれるかな?」


 探索者証には年齢や性別、種族、氏名といったプロフィールに加え、ギルドが認定した探索者としての階級が記されている。ギルドの階級認定試験はとても厳密に実力が計られるもので、実力を隠そうとすることは非常に困難だ。

 その上、僕たちのギルドでは3ヶ月に一度、認定試験の受験が義務付けられている。長期にわたって受験してなかったから無自覚のうちにS級になっていた、なんてことは限りなく不可能に近い。


 念のため、クララに《ディテクト・ライウソ発見》の魔法をかけてもらいつつ探索者証の提示と自己紹介を順に行っていくことになった。


「まずは言い出しっぺである僕から。

 シィだ。種族は人間。役割クラス斥候スカウト。探索者ランクはC級」


「クララです。種族はハーフエルフ。役割クラス魔術師ウィザード。探索者ランクはC級」


「デルタだ。種族は角人オーガ役割クラス戦士ウォーリアー。探索者ランクはD級……ンだァ? 背伸びして悪いかよ? ええ?」


「シリカです。種族は羽人ウイング役割クラス神官プリースト。探索者ランクはC級」


「アンズだ。種族は機械人オートマタ役割クラス流浪人サムライ。探索者ランクは……この通り、A級」


「ササキです。種族は異界人アナザー役割クラス異能者スキルユーザー。探索者ランクはC級です」


「……ふむ。ササキさん、異能スキルが探索者証に載っていないようだけど」


 尋ねると、異界の衣装に身を包んだササキさんはぺこりと頭を下げて言った。


「ああ、ギルドの方で解析結果が出るのを待ってるところなんです。ただ、昨日今日転移してきたばっかりでして……あと、異世界での仕事に早く慣れるために今日の探索に加えてもらえるよう、お願いしました」


 ギルドには仕事を受けたがってる探索者を組ませる制度がある。固定パーティだと人間関係やら痴情のもつれやらが発生して面倒、という風潮が最近は強く、そういった需要に応えたかたちだ。

 今日のこのメンバーも、そうして結成された即席パーティである。


 何ができるかまだわからないけど参加したい、ということだったのでササキさんには荷物持ちをやってもらっていた。


「いやいやいや! ちょっと待てよオイ!」


 がっと立ち上がったのはデルタくんだった。


「なんか一人だけツエぇのが紛れ込んでるじゃねぇか! そいつだろS級!!」


「おや、私かい?」


 歯車のきしむ音を微かに立てて、アンズはデルタくんに顔を向けた。


「そうだよ! テメェが一番強いんだからテメェのせいに決まってるだろうが!!」


「……探索者がダンジョンでの戦闘を通して強くことはある。レベルアップと呼ばれる現象だね」


 レベルアップ——ダンジョン内の魔物たちから抜け出たエーテルがその場にいた探索者たちの身体に取り込まれることによって起こる、心身の強化現象だ。直接戦闘に参加せずともレベルアップは起こるので、荷物持ちであろうとダンジョンに潜れば潜っただけ強くなれる。


「それによって私のランクが己自身も気づかぬうちにS級に昇格していたと。そう、言いたいのかな?」


「そ、そういうことだよ!」


「残念ながら、それはありえない。私は機械人オートマタだ。造られた時の性能が最も良く、あとは落ちる一方の存在。レベルアップは起こらないのだよ」


「アンズさんの言うとおりだよデルタくん。機械人オートマタはレベルアップしない種族。だから、アンズさんがS級クラスに成長しちゃった……なんてのはありえないの」


「じゃ、じゃあよォ! 誰もウソをついてねぇ。誰もS級じゃねぇってんなら……このダンジョンの難易度を引き上げやがった野郎は一体どこにいやがるってんだよォ!!」


 デルタくんが絶叫する。


 たしかに、S級探索者が誰かわからないことには、この先に進むのは怖すぎる。特に、前衛にしてパーティ最弱のデルタくんにとっては死活問題だろう。


「じゃあ、引き返すかい? ここまではなんとか来られたんだ。出口に引き返すことくらいはできると思うけれど……」


「で、でも。それだと報酬も……」


「そうだね。一応、A級~S級相当の魔物を何体か討伐してるから、拾得物を売ればそれなりのお金にはなると思うけれど」


「あの……荷物持ちの分際で意見するのもおこがましいと思うんですが」


「なにかな? ササキさん」


「このままボス部屋まで行きませんか?」


「ハァ!?」


「どうどう。デルタくん。……で、ササキさん。その理由を聞かせてもらってもいいかな?」


「少なくとも、この中に仲間にウソをつこうという人はいないことがさっきの問答ではっきりしたからです。だから、強敵を目の前にしたときも全員が自分にできる最善を尽くしてくれるはず——自覚のないS級探索者さんであっても。

 それにこのダンジョンは、『侵入者の力量に合わせて自動的に難易度が調整される』という仕様なんですよね? それなら、難易度はどれだけ高くてもS級の人一人でどうにかクリアできる程度で済むはず。S級+アルファの私たちなら、攻略できないはずがない」


 なるほど。一理ある。


「テメ……ッ! 誰が前衛やってんのかわかって言ってんだろうなァ!?」


「では、前衛は私がやります。戦士ウォーリアーとしての戦い方は道中で勉強させてもらいましたから。デルタさんは、荷物持ちをお願いします」


「ンだとぉ……?」


「まあ本職じゃないとはいえ、ランク的にはササキさんのが高いもんね。幼馴染としては、デルタくんには大人しくしててほしいかな」


「シ、シリカお前まで……!」


「ここに来るまで、デルタくんに私が回復魔法をかけた回数、覚えてる?」


「……数字を数えんのは、得意じゃねえ」


「そういうわけだから、心苦しいけれどあんまり前に出ないでくれた方が助かる……かな」


「で、でもこいつ武器は……!」


 ササキさんがデルタくんの武器(大剣)をひょい、と持ち上げて両手で持つ。そうして、軽々と振るってみせた。


「筋力は十分なようです」


「ふむ。ではササキさんとデルタくんの配置ポジションを交換の上、僕たちはこのまま、ボス部屋へ向かいS級との死闘を行うということで。反対の者は?」


 手を挙げる者は一人としていなかった。デルタくんも、最終的には納得してくれたようだ。


 ◇◇◇


 それからの死闘はまさに筆舌に尽くしがたいものがあった。

 けれど、このダンジョンの製作者シレンスキーの難易度調整が絶妙だった甲斐あってか、僕たちは最奥のボス部屋で人なんだかバケモノなんだかよくわからない存在が「いあいあ」という冒涜的な呪文とともに呼び出したS級の邪神の討伐にも成功し、ダンジョン抹消クリアを成し遂げた。

 誰ひとり、パーティ最弱だったデルタくんでさえも死ぬことはなく。


 そうしてギルドに帰還した僕達は、全員で改めて階級認定試験を受けた。

 即席のパーティとはいえ、紛れ込んでいたS級が誰かわからないままでは気分が悪い。全員の思いは一致していた。


 その結果、機械人オートマタであるアンズを除く全員がS級に昇格していることが判明した。どうやら邪神やその眷属と戦っているうちにかなりレベルアップしていたらしい。

 S級といえば探索者ランクの実質的な最高峰。これより上のランクは実力ではなく実績がものを言う世界で——つまり、紛れ込んだS級が僕たち同様にレベルアップしていたとしても、それをギルドの認定試験によって判別するのは、不可能だった。


 また、ササキさんの異能スキルの解析もその頃には完了していた。彼女のスキルは「圧倒的成長ドミナント・グロウイング」。レベルアップ速度を通常よりも早めるスキルだった。


 つまりは、ササキさんのスキルによって僕達は自分ですら気づかぬうちにS級に到達してしまっていた————それが、結論。


 そういうことに、なった。


 ◇◇◇



 それからしばらくして。晴れた日の午後。僕はある人物を食事に誘った。


「やあ。デルタくんともども最近大活躍みたいだね」


「そちらこそ……それで、お話とは一体なんですか、シィさん」


「僕たちがS級に昇格したあの事件について、面白い解釈を思いついてね。是非とも——シリカさん、君に聞いてほしいんだ」


「…………海辺のレストランを予約しているとのことでしたね。行きましょうか」


 S級探索者になり、僕たちの収入は間違いなく増えた。しかし、探索者としての成功はまだ遠く、僕の予約した海辺のレストランも高級感はあれど店内は雑多な人々の賑わいで満ちていた。


 食事の注文を済ませると、僕は早速本題に入る。


「あの事件を思い返してみて、一番に奇妙だったのは君がデルタくんの同行を許したことだった」


「デルタくん、一度やると言いだしたら聞かなくて……だからあの日も、レベルアップのためにより強い困難に挑みたいと言うので同行を許したんです。DからCへの背伸び、ということであれば珍しい話ではないでしょう?」


「そうだね。そのくらいの無茶をする探索者は、よく見かけるよ。でも、君は彼の幼馴染で、彼に何度も回復魔法をかけてあげるくらいに彼を大切に思っていた……正直、傍から見てると過保護だと感じたくらいだ。かすり傷ひとつを負っても、回復魔法をかけていただろう?」


「彼、弟みたいなものですから」


「……だからだよ。だから、君はなんとしてでも反対して、同行を許すことになってしまったとしても口うるさく注意する——そのくらいのことをするのが自然だった。けれど君は、そうはしなかった。敵が妙に強くなりだした、その後もね」


「言っても聞かないんですから。放っておいたほうが良いこともある。そうでしょう?」


「認めるよ。だけど、君がC級のササキさんとD級のデルタくんの配置を交代しようと提案しなかったのは、やっぱり僕としては気になるかな。ランクは絶対だ。ササキさんが戦士ウォーリアの動きを熟知していなかったとしても、ササキさんに戦士ウォーリアを任せてしまった方がデルタくんが行動するより何倍も良い」


「…………」


「シリカさん、君がそうしなかったのはデルタくんに頼まれていたからじゃないかな? 強くなりたいから、って」


「私、神官プリーストですよ? 召喚士サモナーではなく」


「でも神官の中にも魔物を召喚するものはいるよね。ダンジョンの中で相手取った、邪神の眷属のように」


「……なにが、言いたいんですか?」


「神官の扱う魔法は信仰する神を変えても大枠では共通しているそうだね。どんな神であれ、回復魔法を使わせてくれるとか。そして、信仰する神を探索者証に登録する義務はない————つまり、君は邪神の神官だったんだ。はじめ、僕たちの行く手をはばんだ魔物、邪神の眷属たちは、君が召喚したものだった」


 ざざんと波の弾ける音がした。


「そうして、本来の難易度よりもちょっと強い魔物を呼び出し、倒すことでデルタくんをレベルアップさせる——それが、本来の君の計画だったんじゃないかな。だけど、あの場には圧倒的成長ドミナント・グロウイング異能スキルを持つササキさんがいた」


「それによって、想定より多くのレベルアップが発生。S級相当に到達する人が出てしまった……と。その説明だと、パーティメンバーに気付かれないように魔物を召喚する必要があったはず。それは、どうやって?」


 僕はシリカさんの耳を指差した。正確にはその耳についている、翡翠の結晶を。


「それ、ただのアクセサリーに見えて小型魔導端末だよね。それもすごく高価なやつ。あの日も付けていた。……それで、君はあらかじめ録音しておいた召喚の呪文をこっそりと再生させたんだ。神官といえど、メイスを持っていた君は前衛。そして、敵は僕達の前に突然現れるものが多かった。あれはつまり、君が呼び出していたからだ」


 けれど、僕達の前で結晶をいじる時間はほとんどなかった。そのため、召喚詠唱はそのままになって……シリカさんの実力が上がるにつれて自動的により強いもの・厄介なものが呼び出されてしまい、最終的には邪神そのものを召喚する知能の高い眷属が顕現してしまった——そんなところだろう。

 あるいは、ダンジョン自体も彼女が小さな音で流しっぱなしにしていた冒涜的詠唱の影響を受け、呼び出す魔物の方向性をそういうやつにしてしまったのかもしれない。


「なるほど。面白い話ですね」


 シリカさんはにこりと微笑んだ。


「もし、その通りだとしたら——最初にS級に到達したのはきっと、私ですね。邪神の神官だからって、強い眷属をほいほい呼び出せるわけじゃありません。それに、こっそり召喚詠唱を流すには小型端末も必要で——お金がなくてはならなかった。そういうわけで、邪教に入信してからは野良ダンジョンの攻略に何度か参加したので」


「言うまでもないけれど、野良ダンジョンの攻略は重大な犯罪だよ」


「ええ。だから今のは仮定の話です。私が、邪神の神官になっていたら、という仮定の」


 シリカさんはじっと海を見つめている。僕達はしばし黙った。黙って、波の音に耳を澄ませた。


 そうするうち、料理が運ばれてきた。


「……海」


 僕がフォークを手に取ると、シリカさんはぽつりと呟いた。


「私、この食事が終わったら海へ行くんです。神様が、呼んでるので」


「……デルタくん、悲しむだろうね」


「S級ですよ? 私がいなくても平気なくらい、彼は強くなりました」


「そうかな」


「ええ」


 それから、僕達は食事をして、レストランを出た。


 最後にシリカさんは言った。


「最後にシィさんに会えて、良かったです。もし、デルタくんが真相に気付くようなことがあればその時はどうか……お願いしますね」


 何をどうお願いするというのか。だけどまあ、なんだかんだで僕がS級になれたのも半分は彼女のおかげ。お礼はしなくてはいけないだろう。


(了)

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