第12話

 僕はスマホを取り出すと、ネット小説の投稿サイトを開く。昨日投稿した小説にフォロワーが何人かついており、応援コメントが一件ついていた。


「見て、氷岬さん。昨日投稿した小説にフォロワーついてる」


 僕がそう言うと氷岬さんも自分のスマホに目を落とす。


「私もついているわ」


 互いの成果を見せ合った僕らは小さく笑い合った。

 応援コメントを読んでみると、「ヒロインが可愛い、期待」と書いてあった。実際に応援コメントを貰えるとこんなに嬉しいものなのか。コメント自体は簡素なものだったけれど、そのたった一行のコメントがやる気を引き起こさせる。


「私もコメントがついているわ」


 氷岬さんの作品のコメントも見せてもらう。


「文章が綺麗。読みやすい」と書いてあった。好意的なコメントでほっとする。


「氷岬さん、今から作品の続き考えない?」

「いいわね」


 二人してその場に座りスマホに目を落とす。僕の場合はラブコメだから二人が付き合うまでの物語だ。終盤に何かドラマが欲しい。モデルは氷岬さんだから、氷岬さんに意見を聞くのがいいかもな。

 そう思った僕は氷岬さんに質問する。


「氷岬さんが男の子を好きになるとしたらどんな瞬間?」

「そんなの……」


 氷岬さんはぽっと頬を赤く染めると、僕をじっと見る。


「優しくしてもらったり、可愛いところを見た時かしら」

「優しくしてもらったりっていうのはわかるけど、可愛い瞬間って難しいな」


 そもそも女子がどんな瞬間を可愛いと思うかなんて僕にはわからない。そもそも男は可愛いと言われても反応に困るしな。


「氷岬さんはどういう瞬間に可愛いとか思うの」

「そうね。たとえば朝会った時に寝ぐせがついてたりとか、ふとしたときの笑った顔とかかしら」


 なるほど。わからん。寝ぐせはずぼらだと思われるものだと思っていたけど、女子はそういう一面を可愛いと思うのか。でも女子は清潔な人が好きって言うし、本当にわからない。

 笑顔はわかる。笑顔を見せるのは好印象というのは男女変わらない意見だろう。だから主人公は普段はあまり笑わない設定にしようかな。そしてヒロインの前にふとした瞬間に笑わせる。これでヒロインはキュン死に間違いなしだ。


「ありがとう、参考になったよ」

「私からもいい?」

「なんでも聞いてよ」

「輝一くんは女の子のどういうところが可愛いって思ったりするの?」


 女子を可愛いと思う瞬間か。女子と言っても僕が接点ある女子は氷岬さんだけだから、必然的に氷岬さんの話になる。


「ドジしてるとことか可愛いなって思うよ」

「ドジしてるところ……」


 氷岬さんは僕の言葉を反芻すると、俯いた。

 どうやら氷岬さんは自分がポンコツという自覚があったみたいだ。顔を赤くして俯いている。


「それじゃあ私のことも可愛いって思うかしら?」

「もちろん。僕は氷岬さんのことを可愛いって思ってるよ」

「かわっ……」


 氷岬さんはさらに顔を真っ赤にして俯く。

 僕も本人に直接可愛いと言うのは若干照れくさかったので、目を泳がせる。

 なんともいえない空気が二人の間に流れ、沈黙が続いたのでそれを振り払う為に僕が声を上げる。


「そうだ、氷岬さんのミステリはどんな感じなの?」


 そう言うと氷岬さんは自分のスマホに目を落とすと、自身の作品について説明してくれる。


「私が書いているのはサイコパス探偵っていう作品で、ヒロインがサイコパスの探偵よ。事件を解決するんだけど、その裏で苦い結末を持ってこようと考えているわ。いわゆるビターエンドね」

「なにそれ、すっごくそそられる。読んでみたい」


 純粋に興味が湧いた。裏の顔を持つヒロインって好きなんだよな。


「完結したらお互いの作品読み合いましょう」

「それいいね」


 僕もせっかく書くなら誰かに読んでもらいたい。それが同じ文芸部の氷岬さんなら大歓迎だ。

 そうして互いの作品のことを話しながら、作品の先の展開を考えていると、気付けば二時間経っていた。二人とも読書家だから一旦集中すると時間を忘れてしまう。


「氷岬さん、せっかく家に来てもらったのに、文芸部の活動みたいになっちゃってごめんね」

「別に構わないわ。私は楽しいもの」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 本来の目的は僕のアルバムを見ることだったから目的は達成している。先のことを考えていなかった僕に落ち度があるだろう。

 だが、こうして二人で作品のことについて意見を交わし合うのは案外楽しい時間だった。


「そろそろ帰るわ」

「そうだね。送っていくよ」

「いいの?」

「うん、僕もちょっと外歩きたいしね」


 そう言って二人して部屋を出る。階段を下り、洗濯物を取り込んでいた母さんに声を掛ける。


「またいらっしゃいね」


 母さんは氷岬さんにそう声を掛けると、笑顔で僕たちを見送った。


「それじゃあ行こうか」


 僕と氷岬さんは並んで道を歩く。この前氷岬さんの家にお邪魔して思ったけど、僕と氷岬さんの家はちょうどいい距離の場所にある。歩いてニ十分ほど。歩いてもいける距離だし、今後互いの家に誘う時も誘いやすい。


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