第11話

 土曜日を迎えた。朝から部屋の掃除をして客を呼べるぐらいには綺麗にできたと思う。ティッシュのクズは全て生ごみの袋にまとめた。本棚をきちんと整理し、レーベル順に並び変えた。ベッドの布団を皺ひとつない綺麗な状態にした。窓も拭いて綺麗にしたし、申し分ないだろう。

 そろそろ氷岬さんと待ち合わせている時間だ。僕は家を出て、学校に向かう。

 家から学校まではそれほど離れていない。十分ほどで学校へ到着する。

 氷岬さんは既に校門の前に佇んでおり、手を合わせて息を吹きかけている。


「お待たせ」


 そう声を掛けると氷岬さんは嬉しそうに顔を上げた。

 黒のニットベストにカーディガンを羽織っている。襟付きのシャツを下に着こんでいるのか、首元は暖かそうだ。下も茶色のロングスカートでしっかりと肌を覆い隠している。秋も深まり昼間とはいえ少し冷える。無難な着こなしと言えよう。


「今日は時間通り来れたわ」

「学校だしわかりやすいもんね」

「それじゃあ行きましょうか」

「うん、付いてきて」


 氷岬さんを連れ添って自分の家へと向かう。道路沿いに家々が並んでいる。その隙間を縫うように道を歩いていく。近くの公園からは子どもたちの声が聞こえる。冷たい風が頬を撫で、枯れ葉が舞い落ちる。

 そうして十分ほど歩くと、僕の家が見えてくる。氷岬さんの家と同じく閑静な住宅街の中にある僕の家は、周囲の家と大きさやデザインが変わらない。


「ここが僕の家だよ」

「お邪魔します」


 玄関のドアを開けて氷岬さんを招き入れる。奥から母親が顔を出してくる。


「あら、いらっしゃい」

「お邪魔します。輝一くんの友達の氷岬です」

「輝一が友達を家に連れてくるのなんて初めてだから私もどうしたらいいか」


 母さんはあわあわと慌てている。そんな自分の母親の様子に苦笑しながら、僕は「何もしなくていいから」と声を掛け、二階の自分の部屋に氷岬さんを案内する。

 部屋は洋室で、六畳ほど。大きさは氷岬さんの部屋と変わらない。奥にベッドが備え付けられており、頭の部分には窓があり、カーテンがかかっている。左を見れば勉強机が置いてあり、ノートパソコンが乗っている。


「綺麗な部屋」


 氷岬さんが僕の部屋を見て真っ先に溢した感想がそれだった。掃除をした甲斐があった。僕は内心ガッツポーズをする。

 中央に置かれた小さな机の横に氷岬さんが腰掛ける。


「輝一くんのアルバム見せて」

 

 早速アルバムを要求してくる。僕は少し気恥ずかしい思いをしながら、用意してあったアルバムを手渡す。氷岬さんは目を輝かせながらそれを受け取ると、勢いよく表紙を開いた。


「可愛い」


 氷岬さんがそう呟いたのは小学生の頃の僕の写真。僕の家族は氷岬さんの家みたいに写真を撮ることはなかったから、家にあるアルバムは全て学校で配布されたものだ。つまりは卒業アルバムなのだけど、氷岬さんは速攻で僕の写真を見つけたようだ。


「今とは違うわね」

「それ、小三の時だからね。まだわんぱくだった頃かな」


 外で元気に遊んでいる写真がたくさん写っている。僕はどちらかというと積極的に写真を撮られにいくほうだったから、アルバムには僕の写真が豊富にある。

 氷岬さんがアルバムを堪能していると、階段から足音が聞こえる。部屋がノックされ、母さんが顔を出す。


「飲み物、持ってきたわよ」

「ありがとう」


 僕はお盆からコップを二つ受け取ると、机の上に置いた。母さんが気になる様子でその場に佇んでいたから追い返し、その場に腰を下ろす。


「お母さん、優しそうね」

「優しいのは間違いないかな。すごくおっちょこちょいだけど」


 そう思えば、氷岬さんとちょっと似ているかもしれない。母さんは結構ポンコツなところがあるし、結構色々やらかす。僕といるときの氷岬さんみたいだなと思った。


「あ、今の輝一くんみたい」


 氷岬さんが六年生の僕の写真を発見し、目を輝かせる。図書室の受付でピースをする僕の写真が写っていた。


「その頃はもう本好きだったからね。外で遊ぶ機会も減ったというか」

「凄く面影があるわ」


 小六の頃は図書委員になるぐらい本が好きになっていた。図書委員の仕事をしながら本を読んでいたぐらいだ。この頃になると写真も減ってくる。カメラの前に露出する機会が減ったからだ。


「こうして見ていると輝一くんの成長が感じられていいわね」


 氷岬さんは満足そうだ。

 自分の子供の頃の写真を見られるのは正直に言うと恥ずかしいけど、氷岬さんになら悪い気はしなかった。


「輝一くん、科学クラブだったのね」

「ああ、科学クラブって言ってもほとんど遊びみたいなものだったけど」


 スライムを作ったり、べっ甲飴を作ったりしていたようなクラブだ。それがおもしろいと思って入っていたけど、友達はできなかったんだよね。


「ありがとう。楽しかったわ」


 そう言って氷岬さんがアルバムを閉じる。僕はアルバムを受け取ると、勉強机の引き出しに仕舞った。

 氷岬さんがうちに来た目的は果たした。ここから何をするか。僕は頭を悩ませる。


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