第10話

 数日後、ノートパソコンが学校に届いた。第一資料室に運び込み、初期設定を行う。

 氷岬さんと並んで作業を行う。隣の席で氷岬さんがかたかたとキーボードを叩く音が聞こえてくる。

 初期設定はすぐに完了した。氷岬さんの方も問題なく終わったようだ。


「どうする? 書いた作品ネットとかにアップする?」

「そのつもりよ。せっかく書くんだから誰かに読んでもらいたいわ」

「じゃあアカウント作ろうか」


 僕と氷岬さんはそれぞれネット小説のアカウントを作成する。互いにフォローを済ませ、早速執筆に取り掛かる。

 執筆をするのは初めてだから最初の一文がなかなか思い浮かばない。僕は頭を捻りながらなんとか捻り出そうとする。隣を見ると氷岬さんは既に書き出しており、たかたかとキーボードを叩いていた。

 そもそも小説を書くときはプロットという設計図を先に作るものだと聞いたけど、それは作らなくてもいいのだろうか。まあ所詮アマチュアだし、別に好きに書けばいいか。

 僕はようやく思い立ち、一文目を書き始める。ラブコメだから最初は主人公とヒロインを早めに登場させて、二人のキャラを知ってもらうところから始めようか。そう思うと、筆は進んだ。気付けば夢中になってキーボードを叩いていた。ふと気になって時計を見ると、一時間も経っていた。


「集中しすぎたかな。氷岬さん調子はどう?」

「私も結構書けたわ」


 氷岬さんは一時間で約五千文字書いていた。僕は二千文字だから僕の倍以上だ。かなり筆が速い。僕は素直に驚き、目を丸くする。初めての執筆でここまで迷いなく書けるのは凄いことだと思った。


「お互いのちょっと読んでみる?」

「そうね。私も輝一くんの読みたいわ」


 というわけで互いに書いたものを交換し、目を通す。と言っても、互いに席を変えただけだけど。

 氷岬さんの文章は洗練されていて凄く味のある文章だった。読んでいて引き付けられるというか、才能を感じさせる文章だ。作品はやはりミステリのようで、冒頭で死体が転がっている。まだまだ冒頭だから、謎についてはこれからだろうけど、本当に初めて書いたのかと疑いたくなるほど、個性の出た文章だった。


「読んだよ。凄いね。めちゃくちゃ味のある文章だった。プロかと思ったよ」

「そうかしら」


 氷岬さんがうっすらと頬を朱に染める。


「ただ、誤字が凄く多いのが欠点だね。結構漢字間違ってたから、単純に漢字の能力がないのかなって感じだった」

「それは確かにそうね。漢字、勉強するわ」


 がっくりと項垂れる氷岬さん。まあ普段の勉強でも漢字は苦手にしている氷岬さんだからこの辺は仕方ないのかもしれない。だけど惜しいなと感じてしまう。あれだけの文章を書けるのだから漢字さえどうにかなれば凄いと思うのだが。しばらくは僕が誤字チェックをする必要がありそうだ。


「輝一くんのはラブコメね。まだ冒頭だけどヒロインが魅力的に書けていると思うわ。このポンコツっぷりが可愛いと思う」

「まあモデルがいるからね」


 当然、氷岬さんのことだけど。僕は氷岬さんが可愛いと思っている。僕にとって一番魅力的なヒロインは氷岬さんだから、氷岬さんをモデルにしてみた。本人は気付いていないみたいだけど、氷岬さんの可愛さを表現できたと自負している。


「これから毎日部活の時間で書いて投稿しましょう。もしかしたら感想がつくかもしれないし」

「そうだね。でも氷岬さんみたいに早く書けないから、家でもコツコツ書こうかな」


 家にもノートパソコンがあるし、暇な時間は執筆に当てるのも悪くはないだろう。

 とりあえず、今書いた分はサイトにアップしておいた。こういうのは埋もれてしまってほとんど読まれないだろうけど、それでも誰かは読んでくれるだろう。それだけで、モチベーションは維持できる。とりあえず目標は完結させることだ。

 

「そうだ。氷岬さん明日うち来るよね?」

「ええ、お邪魔させてもらうわ」

「十三時ぐらいでいい。ちょっと朝から部屋も片付けたいし」

「ええ、それでいいわ」


 明日は土曜日。約束通り自宅へ氷岬さんを招く日だ。散らかしてはいないけど、やはり掃除はしておきたい。友達を家に招くのも初めてだし、緊張しないと言ったら嘘になる。


「なんだか緊張するね」

「私も輝一くんの家にお邪魔させてもらうのは緊張するのよ」

「そりゃそうだよね」


 しばしの沈黙。緊張が張りつめた空気になってしまった。僕はその緊張の糸を切ろうと立ち上がる。


「そろそろ帰ろうか」

「そうね」


 パソコンの電源を落とし、軽く部室の掃除をしてから僕たちは部室を出る。戸締りをして、鍵を職員室に持っていく。


「おー文芸部。帰るのか。お疲れ」


 屋敷先生がたまたま職員室にいたので、パソコンが届いたこと。領収書を手渡した。


「確かに預かった。お前ら部員少ないんだからいっぱい活動しろよ」

「わかってます」

「それだけだ。そんじゃ気付けて帰れよ」


 そう言って屋敷先生は奥へ引っ込んだ。僕と氷岬さんは職員室を後にすると、その足で学校を出る。氷岬さんとは家の方角が違うからここでお別れだ。


「それじゃ、また明日。学校で待ち合わせよう」

「わかったわ」


 そうして氷岬さんと分かれる。既に日は落ちて紫の空が世界を覆っていた。


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