第2話

 文芸部の部室である第一資料室が、僕と氷岬さんの交流の場だ。氷岬さんはクールな見た目に反してかなりポンコツで、毎回僕を驚せているのだが、そんなところも可愛いので許せてしまう。

 今日は互いに無言で読書に勤しんでいた。僕はこの静謐な時間が好きだ。互いに本の世界に没頭し、読み終わったら感想を言い合う。それがここ文芸部のあり方だ。

 きりのいいところまで読み進めた僕は一度本を閉じ、ぐっと伸びをする。そして氷岬さんの方を見て、二度見した。なんと氷岬さんが、椅子の上で三角座りをして、スカートがはだけてしまっている。中の下着が見えるか見えないか絶妙なラインで、僕は思わず目を逸らす。

 普段はそんな座り方しないのに。どうして今日はそんな座り方をするんだ。僕は顔を赤く染めながら、氷岬さんに注意する。


「氷岬さん、スカートでその座り方はまずいよ」


 僕がそう言うと、氷岬さんは文庫本から顔を上げ、自分の様子を見る。そして、「あ」と短く漏らすと椅子から足を下ろした。


「ごめんなさい。リラックスしていて、家みたいな感じになってしまったわ」

「家ではその体勢で本読むんだね」


 まあ家ではスカートじゃないだろうし問題ないのかな。でも、氷岬さんにとってここが家と同じぐらい落ち着ける場所だというのは文芸部部長として素直に嬉しい。


「どう、今読んでる本おもしろい?」

「ええ、おもしろいわ。なんだかこの主人公、少し輝一くんに似ていて」


 僕に似ているってどういう意味だろう。凄く気になるけど追求するのは藪蛇になる気がする。僕は愛想笑いで誤魔化すと、立ち上がる。


「ちょっと休憩しようか」

「お茶なら私が入れるわ」


 そう言って氷岬さんが立ち上がる。文芸部はぽっとのお湯を常に沸かしている。だから飲みたいときに温かいお茶が飲めるのだ。

 氷岬さんがお茶の葉を取り出し、急須に入れてお湯を注ぐ。そして部費で買い置きしている紙コップを僕の前に置くと、お茶を注ぎ始めた。だが、次の瞬間、氷岬さんが小さくくしゃみをした。その勢いで手元がぶれ、紙コップの外にお茶が零れてしまう。


「熱っ!」


 僕のズボンにお茶がかかり、熱さで僕は思わず飛び跳ねた。


「ごめんなさい」


 慌てた氷岬さんが急須を机に置いて僕の方に手を伸ばす。その瞬間、紙コップに手が当たり机の上でこけてしまう。紙コップの中のお茶が机に広がり、危うく文庫本に被害が出るところだった。


「氷岬さん、落ち着いて」


 僕は慌ててティッシュを何枚か抜き取ると、机の上に零れたお茶を拭き取っていく。氷岬さん、クラスではそんなことないのに、どうして文芸部だとこんなに抜けているのだろうか。僕は溜め息を吐きながら、零れたお茶を拭き取る。


「ごめんなさい、大丈夫かしら」


 心配そうな表情を浮かべた氷岬さんが、冷凍庫からアイスリングを取り出して僕の太腿に押し当てる。


「大丈夫、熱かったのは一瞬だけだったから。多分火傷とかもしてないと思うよ」

「くしゃみが出ちゃって。それで手元が震えたの」

「くしゃみはしょうがないよね。心配いらないよ」


 僕はできるだけ優しくそう言うと、濡れたティッシュを片付ける。氷岬さんはほっと胸を撫で下ろすと、もう一度お茶を紙コップに注ぎなおした。ようやく落ち着いた僕たちは、紙コップのお茶をゆっくりと飲む。もうすぐ冬が来るからこの温かいお茶は重宝する。

 

「そうだ。輝一くんにおすすめの本があるの」


 そう言って氷岬さんは一冊の本を鞄から取り出して僕に手渡した。


「そのぼうじんって本なんだけど、歴史が好きならハマると思うわ」


 氷岬さんがぼうじんといった本のタイトルは防人だった。


「氷岬さん、これはさきもりって読むんだよ」

「あら、そうなの。ずっとぼうじんだと思って読んでたわ」


 口元に手を当てて、恥ずかしそうに顔を伏せる氷岬さん。氷岬さんは文芸部なのに漢字が弱い。だからいつもちゃんと本を読めているのか気になっている。

 まあおすすめというならとりあえず読んでみるか。歴史のお話なら僕は結構好みだし。

 せっかくだから、僕もおすすめを氷岬さんに貸し出すか。


「じゃあ僕も。これおすすめだから読んでみて」

「逆境シンデレラ。シンデレラは知っているわ。確か毒リンゴを食べさせられて眠ってしまい、王子様のキスで目覚めるやつよね」

「それは白雪姫だね。シンデレラは舞踏会に行くお話だよ」


 氷岬さんの頬が無表情のまま赤く染まる。自信満々に言ったから、ちょっと恥ずかしかったのかな。

 氷岬さんは咳払いを一つ挟むと、僕から本を受け取った。


「ありがとう。読ませてもらうわ」


 そう言って本をスクール鞄の中に仕舞う。


「そういえば輝一くん、誕生日っていつかしら」


 唐突に氷岬さんがそんなことを言い出す。


「僕の誕生日は十月二十日だからもう過ぎてるよ。だから僕もう十六歳なんだ。氷岬さんは?」

「私は十二月十六日だからまだ十五歳ね。もっと早く言ってくれればいいのに」

「ごめんごめん。でもそっか。十二月なんだね。だったらお祝いしよっか」

「お祝い、してくれるの?」

「勿論。貴重な文芸部員だからね」


 そう言うと、氷岬さんは小さく微笑んだ。

 まだ季節は十一月だから一カ月ぐらいあるし、プレゼント何にするか考えておかなくちゃ。


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