第3話

 クラスでの氷岬さんは本当に優等生だ。休憩時間中も熱心に本を読んでいるし、その姿が様になっている。周囲からの評価も高く、率先してクラス委員に立候補したりボランティアに参加したりと氷岬さんの優等生っぷりは際立っている。だからこそ、僕と一緒にいるときの氷岬さんの姿が意外で、僕だけにそのポンコツな姿を見せてくれていると思うと、少々満足感があるのだ。

 今日も氷岬さんと文芸部の部室、第一資料室で共に過ごしている。先日氷岬さんから借りた本を読んでいるけど、結構おもしろい。歴史好きの僕としてはかなりハマりそうだった。

 一方の氷岬さんも僕が貸した本を読んでいるようだった。

 不意に氷岬さんが顔を上げると、本を指差して言う。


「ねえ、輝一くん。この記憶しりとりというのをやってみたいのだけど」


 記憶しりとりというのは僕が貸した本に出てくるゲームのことだ。互いにしりとりをしていくのだが、それまでに言った単語も全て言わなくてはいけないという、難易度の高いゲームだ。


「別にいいよ。やろうか。氷岬さんからどうぞ」

「わかったわ。それじゃあ、無難にりんご」

「りんご、ごりら」

「りんご、ごりら、らくだ」


 最初の方は簡単だが、単語が増えてくると難しくなってくる。僕は記憶力に自信があるほうだけど、氷岬さんはどうだろうか。


「りんご、ごりら、らくだ、ダニ」

「りんご、ごりら、らくだ、ダニ、にんじん」

「氷岬さんの負けだね」

「あ……」


 まさか普通に「ん」で終わるとは思わなかった。この様子じゃ氷岬さんは普通のしりとりも弱そうだ。


「もう一回やりたいわ」

「いいよ」


 今度は僕の先行で始める。今度は二回目と言うこともあり、それなりに続いたが、数が増えると当然記憶違いも出てくるわけで」


「りんご、ごま、マイク、くり、りょうり、理科室、つり」

「りんご、ごま、マイク、くり、理科室、つり」

「氷岬さん、料理が抜けたから氷岬さんの負けだね」

「嘘。また負けたわ」


 無表情で悔しがる氷岬さん。予想以上に楽しかったらしく何度も再戦を挑んでくる。僕は苦笑しながらその再戦を受けると、全ての勝負で勝利を収めた。


「輝一くん、強すぎるわ」

「いや、氷岬さんが弱いんだと思う」


 氷岬さんとのこういうゲームは時々している。文芸部はたった二人の部活だから、たまにこういう息抜きもするのだ。たいてい本に書かれてあることを実践するだけだが、これが案外楽しい。


「そうだ、この間のお休みは何してたの?」


 記憶しりとりが終わったところで、氷岬さんが話題を変えてくる。


「何も。家で本読んでたよ」

「インドアね」

「氷岬さんは?」

「私は買い物に出掛けたわ」


 流石は女子。買い物とか好きだね。氷岬さんは果たしてちゃんと買い物できるのだろうか。普段のポンコツぶりを見ている僕からすれば少々不安になる。


「輝一くんは休日は暇してるの?」

「まあだいたいは暇してるかな」

「だったら、一緒に出掛けないかしら」


 急なお誘いに僕は驚く。氷岬さんとはあくまで学校での付き合いしかない。たまたま隣の席で、たまたま同じ部活というだけだ。その氷岬さんと休日に出掛けるというのは少しばかり緊張してしまう。


「友達と行けばいいんじゃない」


 言ってからしまったと思った。氷岬さんには友達がいないのだ。


「だから友達の輝一くんを誘っているのだけど」

「友達。誰と誰が?」

「私と輝一くんが」

「僕たち友達だったの?」

「違うの?」


 そんな不安そうな表情で僕を見ないでくれ。氷岬さんがまさか僕を友達認定しているなんて思わなかっただけだ。そりゃ僕だって氷岬さんとは友達になりたいし大歓迎だけど、まさか氷岬さんの好感度がそこまで高いとは思わなかった。


「わかった、一緒に行くよ」


 そう言うと氷岬さんは薄く笑った。


「約束よ」


 その微笑みがなんだか頭に貼りついて離れない。やはり氷岬さんの微笑はとても可愛い。

 たまにしか笑わないからそのたまにが凄く希少価値があるのだ。


「そうだ。この輝一くんが貸してくれた本、おもしろいわ」

「でしょ。主人公にとんでもないピンチが幾度となく襲ってくるんだけど、それをとんでもない方法で回避するのがおもしろいんだよね」

「思わず読んでいてハラハラドキドキしてしまうわ。どうなるんだろうってページを繰る手が止まらないわ」

「氷岬さんの貸してくれた本もおもしろいね」


 そうやって互いに貸し合った本の感想を言い合う。僕はこの時間が凄く好きだ。僕たちの年代で本を読む人は減ってきていると言われているけど、僕は本が好きだ。実際にうちの文芸部は二人しかいないわけだし。それでも自分が好きだなと思った本を他人が好きだと言ってくれるのはとても嬉しい。

 こうして氷岬さんと好きなことについて語り合っている時間は凄く貴重だし、素敵なことだと思う。たった二人の部活だけど、僕は凄く楽しい。氷岬さんが文芸部にいてくれて良かった。

 僕を友達だと言ってくれた氷岬さんとの時間を僕はこれからも大切にしていこうと思った。


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