僕だけにポンコツな一面を見せてくるクールな氷岬さん

オリウス

第1話

 人は見かけによらないという場合がある。

 見た目が凄く勉強できそうなのに実は勉強が苦手だったり、見た目凄くイケメンなのに残念だったり。そんな人がこの世の中には溢れている。

 かく言う僕もその一人。見た目勉強でき無さそうなのに学年一位だったりする。地味で目立たない、それが僕、黒川くろかわ輝一きいちだった。目立ちそうな名前をしているがそんなことはまったくなく、クラスの端で文庫本に目を落としているのが日常だった。

 そして、その同じクラスの頂点に君臨するのが、クラスメイトから羨望の眼差しを向けられる少女、氷岬ひみさき雪姫ゆき。絹のような銀髪が腰まで伸びた美少女で、顔立ちも整っており非常にキュート。だが、その性格は非情にクールで、人と関わろうとしない孤高のお姫様。人は彼女のことを、氷の白雪姫と呼ぶ。


「氷岬さんって絶対頭いいよなー。勉強教えてもらおうかなー」

「無理無理。お前なんて鼻で笑われて振られるだろ」


 クラスの男子たちの羨望の眼差しを受けていても、氷岬さんは文庫本に目を落としている。そう氷岬さんは優等生のように見える。勉強も凄くできそうに見える。だが、その実態は毎回赤点すれすれのポンコツな白雪姫なのだ。

 なぜ僕がそのことを知っているのかと思うと、僕と氷岬さんは同じ部活に所属している。

 放課後、第一資料室に足を運んだ僕が引き戸を開けると、氷岬さんが椅子に座って文庫本に目を落としている。長いまつ毛が窓から差し込む光に反射し、美しく輝いている。


「あら、輝一くん」


 物腰の柔らかな声で、氷岬さんが僕を見る。


「今回のテストも赤点がひとつもなかったわ」


 自慢げにそう鼻を鳴らした氷岬さんはスクール鞄から答案用紙を俺に差し出した。

 どれどれ。どれも赤点すれすれじゃないか。僕が勉強を教えてるの、本当に役に立っているのだろうか。

 ちょっと自信をなくしてしまうぐらい氷岬さんは成績が悪い。見た目凄く優秀そうなのに成績が悪い。制服もきっちりと着こなしているし皺ひとつないのに成績が悪い。


「氷岬さん、ここ、教えたところだよ。間違ってる」

「あら、本当。うっかりしていたのね」


 真顔でそんなことを言ってくる始末。駄目だ。この人、改善する未来が見えない。

 そう、氷岬さん本人は気付いていないが、彼女は物凄くポンコツなのである。


「ってこれ、名前の漢字間違ってる。これ先生にバレてたら0点だったよ」

「どうしてかしら。自分の名前なんて毎日書いてるのに」


 顎に手を当てて、小首を傾げる氷岬さん。そうするだけで可愛さが膨れ上がるから恐ろしい。氷岬さんは氷の白雪姫なんて呼ばれてるけど、そんなにいいものじゃない。教科書はすぐに忘れるし、階段で段差を踏み外してよく転ぶし、人に見られていたらイメージががらりと崩れ落ちるだろう。かく言う僕もそうだった。初めて氷岬さんのポンコツぶりを目の当たりにしたときは、理想の美少女が残念美少女に変わってしまったぐらいだ。


「うん、教えたところ見事に全部間違ってるね」


 僕は思わず溜め息を吐く。教えた時はできているのだ。だが、テストになるといつも間違えている。家で復習はしているのだろうか。

 僕は答案用紙の確認を終えると、氷岬さんに返却する。氷岬さんは赤点を回避したことがまるでとんでもない難題を解いたかのように振舞う。

 いつもテストを僕にチェックさせ、じっと僕を見るのだ。


「ま、まあ、今回も赤点は無かったし、頑張ったね」


 そう言うと途端に氷岬さんの表情が華やぐ。氷岬さんは学校では無表情と言われているけど、僕といるときは結構表情豊かだ。

 僕も氷岬さんが笑った顔は可愛いと思っているからそれが見たくてついつい甘やかしてしまう。結果、負のスパイラルに陥ってしまっているというわけだ。

 僕と氷岬さんは隣の席で同じ文芸部ということで交流がある。氷岬さんは孤高を貫いているわけでは決してなく、ただ人付き合いが苦手なだけだと知ったのは、彼女と仲良くなってからだ。

 氷岬さんは仲良くなると距離が近くなるタイプらしく、僕とはこうして素の顔も見せてくる。だけど友達はいないらしく、本が友達と真顔で言っているぐらいだ。


「テストも返ってきたことだし、間違えたところひとつひとつ解説していくよ」

「お願いするわ」


 氷岬さんが机の上に答案用紙を広げ、机に向かった。

 僕は氷岬さんの真向かいに座ると、一問目から解説する。

 氷岬さんは頷きながら問題を解く。だが、その答えは間違っていた。


「計算が間違えてるね」

「暗算は苦手なのよ」


 唇を尖らせてそう言う氷岬さん。そんな様子も可愛いと思いつつ、僕はもう一度やってみるように促す。解き方はあってるから、あとは計算ミスさえしなければ正解できるだろう。

 だが、氷岬さんはそんな僕の予想の斜め上をいく。


「解き方を忘れてしまったわ」


 僕はずっこける。この白雪姫に勉強を教えるのは、世界一の教師でも無理かもしれない。

 僕は苦笑しながら氷岬さんに向かう。もう一度解き方を解説し、氷岬さんに問題を解かせる。流石に今度は三度目の正直で正解してくれた。僕はほっと胸を撫で下ろすと、次の問題の解説に移る。

 このクールな氷の白雪姫は僕にだけポンコツな一面を見せてくる。これはそんな彼女と僕の物語――


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