第3話 ゾンビに噛まれたら
仕事中は考え事、改め妄想が捗る貴重な時間だ。何故なら話題となるネタもそこらに落ちているし、仕事が忙しい時こそ妄想はより現実的なものへとなっていくからだ。
さてそんな中、皆様も一度は妄想したことがあるであろう、ゾンビの蔓延した世界。
そんな世界では、ゾンビに噛まれると感染し次々と仲間が増え、文明が滅びていく。僅かに生き残った人達の争いや苦渋の決断。様々なドラマがそこにはあり、そして必ず起きる問題がある。そう、仲間の一人が小さな噛み噛み傷を隠してしまう問題が。
私の妄想でも度々感染者は登場するのだが、その時の立ち位置は大抵、自分は主人公側。自分は感染せず仲間が感染し、それをどうするかと言うことが多い。それは仕方の無いことだと思う。だって自分の妄想なのだから、自分が主人公なのは当たり前だし、そんな妄想の世界で自分が窮地に陥る感染してしまう事などはあり得ないのだ。
だが、ふと考えてみた。果たして自分が感染しゾンビになってしまうかもしれない時、自分はどうするのか。そして現実世界でこの経験をしていた事を思い出した。
そう。私は感染したことがあるのだった。ウイルスの蔓延する世界でゾンビになるかもしれない経験を。
あれは2020年1月15日。日本国内で初めて感染が確認されたコロナウイルス。そこから瞬く間に日本は未知のウイルスと何が正しいかも分からない中、闘ってきた。
私も仕事から対人職として、人と接しない訳にはいかず、マスクやパーティション。手袋やアルコール消毒。そう言った良いと言われていたもの使い、接客を行っていた。少しでも咳をしているお客様は感染していないだろうかと疑いながら。
コロナウイルスが広がり、味覚障害が出る。咳が出る。高熱も呼吸器障害も。至る情報がネット上に出回る中、私は連続勤務を終え、久し振りに3連休となる初日の朝を向かえた日だった。いつもと変わらない朝。何となく熱を測ってみると38度を示していた。身体はいつもと変わらない。ただ熱が高いだけ。だけど、この時期の高熱はコロナウイルスを疑うには十分な時期だった。身体から冷や汗が出たのを覚えている。まさかと言う気持ちや、きっと疲れがたまっているだけだと思う気持ちでいっぱいだった。何かの間違い。今思えば、この時ゾンビウイルスで言うとこの『軽い噛み傷を付けられた』のと同じ状況だったのだろう。
そこから、10分おきに熱を測り、上がり下がりする熱に振り回された。ネットに書かれている症状と自分の症状を照らし合わせ「味覚はしっかりしている」「咳も出ていない」「呼吸も大丈夫」だけど熱はある。これはコロナだろうか。いや違う。と自問自答した。時間が過ぎるのがやたらに遅く、調べれる情報から自分にとって都合の良い情報だけを選び、何とか安心しようと躍起になっていた。だが、人の身体とはいい加減なもので、体温計で熱があることを知ってから急激にしんどさがやって来た。熱を自覚してから1日目の休みは早めに眠った。
休日2日目。朝起きると同時に熱を測る。40度を越えている。他の症状はないが、明らかに悪化している。頭の中では既にコロナウイルスが濃厚であることは分かっていた。ゾンビに噛まれた後、小さな傷が段々と膿んできて広がり、隠したくても現実の傷が目に見える。そんな状況なのだろう。解熱剤も効果がなく、それでも尚、これは疲れによる熱であることを信じ、もう1日残る休日に回復の全てをかけて2日目も休んだ。
休日3日目。夜の寝苦しさや悪夢で休めない。身体は熱く、熱は左で測ると40度。右で測ると37度。食欲もあり咳もでないが明らかに調子が悪い。前日と変わらない状況に頭の中では受診しないといけない事がよぎった。それと同時に、仕事はどうしようか。身体は動くし検査を受けるまではコロナウイルスと分からないのではないか、などの考えもよぎった。ゾンビに噛まれ、明らかに傷が悪化し半分ゾンビになっているのに仲間に打ち明けられない。そんな状況なのだろう。
結局、関係各所に連絡し検査を受け私はコロナウイルス陽性であった。つまり私は感染しゾンビになっていたのだ。
いつも妄想していた「ゾンビに噛まれ世界が終わる」が現実に存在していた。そしてその時、私はやはり直ぐに打ち明ける事は出来なかった。きっとゾンビに噛まれても私は同じようにギリギリまで傷を隠してしまうのだろう。
きっと現実世界には沢山のゾンビに噛まれている人がいるのだろう。もし貴方がゾンビに噛まれた時、貴方ならどうしますか?
後日談。
結局コロナウイルス陽性となった私は、関係機関の薦めで当時とられていた対処のホテル療養と言う形で、協力してくれるホテルに行く事になった。ホテルには専用のパーティションで隔離されたバスに乗せられ、1室に向かった。私の他にもバスが満席に成る程、他の陽性者もいたので世の中には沢山の感染者がいたのだろう。
ホテルの1室では、体温計と酸素の濃度を測る機械。そして結果を報告するためのアプリがあった。毎日、朝昼晩と放送が流れフロアごとにエレベーターで1階まで降り、お弁当をとって部屋で過ごす。それの繰り返しであった。療養と言うより、隔離であった。その中で興味深かったのが、自室から出れず唯一人と接するのがお弁当を取りに行く時のエレベーターの中であったが、皆マスクをつけ、表情は暗く、死人のように誰も喋らないのだ。まぁ当たり前なのかもしれないのだが、皆感染者で今さら感染を恐れることもないのだが。それでも他者に感染させないように。自分も他から貰わないように。律儀にマスクをつけ、静かにしている様子は国民性なのだとおもった。
そんな感染者に溢れた療養施設に1ヶ月程入り、満を持して外に出れた日、大雨だったけど凄く気持ちは良かった。
了
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