第31話 知らぬところで話がどこかに飛んでいた
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。
とにかく私の頭の中はそれでいっぱいだった。
あの夜のことを兄に……家族とはいえ異性に知られてしまったというのがとにかく恥ずかしかった。
(せっかくキリアンが誤魔化してくれたのに!!)
確かにあの夜、キリアンにいくら願っても私に触れてくれなかったことは悲しい出来事だった。
あれがきっかけで私の恋心が砕けたように思うけど、恋心そのものはなくなっていないわけで……そのせいでこんなにも悩んでいたのだけれど。
でもそれもお父様とお兄様に彼がきつく言われていたのもあったのだと思うと、恥ずかしさが余計に増した気がした。
それでつい、謝ってくれたお兄様を部屋から追い出してしまったのだけれど……。
(あの時は今更蒸し返さないで欲しいとか、なんで調べたのとか、いろいろ腹が立ったけど、今はどうやって顔を合わせていいかわからないわ)
キャサリン様には以前悩みを打ち明けた時に軽く話してしまったけれど、それでも彼女はお兄様に暴露しないって思っていたからで……実際お兄様は、自分で調べたみたいだった。
でもそれにしたって妹が知られたくないから誤魔化したことをあんなにはっきり口に出して言うものかしら!?
まあ、そういう空気が読めないところがお兄様のいいところでもあるし、悪いところでもあるからなんとも言えないのよね……キャサリン様がしっかり者だから、きっと今後は大丈夫だと思いたい……。
(でもいつまでも閉じこもってちゃいけないのよね、それはわかってる)
わかっているけれど、今更どんな顔をして外に出ればいいのかわからない。
怒っていた気持ちはもうとっくの昔に消えていて、今あるのは申し訳なさと恥ずかしさだ。
でもお兄様を部屋の外に追い出して、ナナネラにもそっとしておいてくれとお願いして閉じこもって今日で三日目。
さすがに恥ずかしいからといつまでも閉じこもってられないわよね……子供じゃあるまいし。
(お兄様になんて言おうかしら。謝るべき? ううん……お互いこの件にはもう触れないで終わりにしようって言おう)
キリアンに対しても――自分も、言葉が足りなかったことを認めよう。
令嬢としては己の気持ちを察してもらうのが正しいと言われているけれど、彼とは育った価値観がそもそも異なっていたのだ。
その前提を忘れて、というか、貴族の常識が世界の常識だと思っていた幼さを恥じるべきだと改めて思う。
だからって全てを許せたわけではないし、砕けた恋心が新たなものになるわけでもないし、相変わらず私の心は宙ぶらりんのままなのだけれど。
(……どうにかしなくちゃいけないのは、私自身の気持ちなんだわ)
とりあえず目前の悩みは恥ずかしさから閉じこもってしまったことをどう言い訳して、触れずにいてもらうか、だ。
この感にもキリアンからは手紙やら贈り物が届いていたというのに……こんなこと話せるはずもない。
(このところ、お返事もずっとサボってしまったもの。きっと心配しているわ)
まずは身なりを整えて、それからキリアンにお詫びの手紙を書こう。
そう心に決めた私はナナネラを呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばしたけれど、そこに手が触れるよりも先にノックの音が響く。
「……はい」
「フィリア。俺だ」
「キリアン!?」
「ああ、いや、そのままで。……扉を開けなくていいから、そのまま聞いてくれないか」
「え? ええ……」
今すぐ部屋に入りたいって言われたら困ってしまうところだったから、大人しく彼の言葉に静かに応じる。
でも声が聞こえづらいから、ドアの近くに寄った。
「キリアン……?」
「すまなかった」
「え?」
「心を随分と痛めていると聞いた。俺が、後手に回ってしまったせいで」
「え?」
「まさか……閉じこもって泣き暮らしているなんて知らず、俺は暢気に仕事を……!」
「ええ!?」
「俺は謝罪はしたが、許せというわけじゃない。フィリアが許してもいいと思ってくれる日に許してくれればそれでいい! だから、どうか……悩んだりせず、心を痛めないでほしくて」
「ちょ、ちょっと待って……!」
たった三日引き籠もっていただけなのに、いったいどうなっているの!?
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