青年は再度膝から崩れ落ちた(心の中で) 2
(知られた。知られてしまった。しかも最悪な形で……!)
その内容は、別にキリアンが悪いのかと問われたらそうではないものだ。
だが問題はいろいろとシンプルであったはずなのに、気づいたら複雑化していた……そういう話であった。
少なくとも、第三者が見たら、だけれども。
話は単純だ。
フィリアとキリアンには圧倒的に会話が足りなかった。
それは身分差という大きな違いを軽く見ていたフィリアと、重く見過ぎていたキリアン二人の齟齬によるものであった。
それを縮めるためにそれぞれ努力をしていた二人は見事なまでに空回りをしていたわけだが、それも結婚すれば解消できる問題でもあった。
多少の感情問題は残ったであろうが。
それでも今よりは
ところが、すれ違いは続いた。
その発端は、例の夜会での媚薬騒ぎであることは間違いないのだが――複数の要因が、それをより複雑化させてしまったのだ。
フィリアはアシュリー家の男たちにとっては、大事な大事なお姫様であった。
当主である父親からして見れば亡き愛妻の忘れ形見であり、可愛い娘だ。
そしてアレンにとってもかけがえのない妹で、亡き母から『妹を守ってあげて』と言われていた大事な存在であった。
そんな家族の愛情によって守られていたフィリアの幸せを願い、将来有望なキリアンという婚約者を見つけてきたとはいえ……アシュリー家の男たちにとっては複雑な思いであったことは想像に難くなく、彼らはキリアンに当初から強く、強く言っていたのだ。
結婚するまではフィリアに触れることは最低限で、と――。
そしてキリアンは馬鹿正直な男であった。
将来の岳父と義兄に対し、信頼を得るためにも愚直なまでにその言葉を守ろうとした。
フィリアの気持ちが置いてけぼりであったことは、誰も彼もが気づかなかった。
彼女がキリアンとの仲を深めようと贈り物をしていたことはアレンも知っているが、その度に高価な贈り物で返そうとするキリアンの気合いの入れ過ぎな姿と騎士が厳めしい顔で長時間店に居座る姿から苦情が来たことで、止めざるを得なかったのだ。
とはいえその理由を話すと二人ともに傷つけそうで、茶化した物言いをしてしまったアレンにも非はあった。
その点はキャサリンも聞いた時には頭を痛めたが――それよりも問題だったのは、件の媚薬事件である。
あの件については、詳細についてはアシュリー家にキリアンは伝えなかった。
だが、アレンはそれにたどり着いてしまったというのだ。
「どうして……」
「ごめんなさい、アレンはワタシから話を聞いて、これまで二人がすれ違ったことに自分が関係しているのは贈り物の件だけじゃなくて他にもあるんじゃないかって……自分で調べたみたいで」
キャサリンが申し訳なさそうにそう言う隣で、アレンはなんとも言えない表情を浮かべている。
だがキリアンはそれに構うだけの余裕はなかった。
例の件を、キリアンだって何も黙っていたわけではない。
さすがに令嬢に薬を盛られたのだ、当主やその家族に薬を盛られたがそれは軽度の興奮剤であり、酒精のせいで開放的になった――そういった話をしたように彼も記憶している。
そして婚約者がその対象となったことで、キリアンは捜査に加わることはできなかったものの、
全てはフィリアのためを思っての行動だった。
彼女も家族には知られたくないと望んでいた。
とにかく、キリアンはフィリアの名誉を守りたかったのだ。
いくら言われようとも頑なに彼女の
それなのに、今更になってアレンは知ってしまった。
そしてアレンはキャサリンに止められていたにも拘わらず、フィリアに謝罪したのだと言う。
キリアンについて誤解させたのは自分の落ち度であること、媚薬の件で触れなかったのは自分たちとの約束を守っただけ……本来二人は想い合う仲だったのを拗らせてしまったのは自分だと頭を下げたと聞いて、キリアンは頭を抱えてしまった。
(フィリアは知られたくなかったのに! 俺が不甲斐ないせいで……!)
その謝罪ののちに、フィリアはアレンを部屋から追い出して閉じこもってしまったと聞いてキリアンは二の句が継げなかった。
ずっと知られたくなかったことを家族に知られていた、触れて欲しくなかった部分に触れて謝罪されて今フィリアは何を思うのだろう。
「ごめん、僕は……」
謝罪をしようとするアレンを手で制して、キリアンは深く息を吐き出す。
アレンを怒鳴りつけたい気持ちはあったが、キリアンもまた同じ立場であることを自覚していた。
「……キャサリン殿、フィリアは……彼女は、食事を摂っていますか」
「ええ」
「俺からの手紙や贈り物は……?」
「一応、部屋には届けているけれど……返事をもらえていないの。ワタシや、ナナネラの声にも応じてもらえなくて。それで、あの……キリアン殿にも一度来てもらえたらって」
「……俺は」
今更ながらに、キリアンは尻込みした。
もしも行って、何も応えてもらえなかったら。
いいや、それよりも明確な拒絶をされたら。
そんな恐れが芽生えていた。
だが同時に『だからこそ行かなければ』とも思い、逡巡ののちに彼は頷いて立ち上がったのだった。
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