第30話 知恵熱と私とお兄様

 キリアンから、謝罪を受けた。

 キリアンから、愛の告白めいた言葉をもらった。


 どちらも……どちらも、喜ばしいことだと思う。

 なのに、私はどうしていいのかわからない。


 謝罪をされたら、許さなくてはならないではないか。

 私がせっかく心を整理して、恋心を一人慰めて結婚生活に臨もうと心に決めたのに。

 今更、許さなくてはならないなんて都合が良すぎるではないか!


 腹が立つ。

 腹が立つのに、冷静な自分が『言われなかったら気づくことのできなかった』自分がいることを認めている。


 そう、言われなかったら私は何もわからず、恋に浮かれて結婚するってこともふわふわとしか考えず、きっと苦労したと思うのだ。


(……どうしたらいいのかしら。どうしたいのかしら)


 何もわからず、ただため息が漏れるばかり。

 キリアンのあの苦しげな表情に、胸が痛むのと同時に満足を覚える私は、どこか壊れてしまったのかしら。

 恋心が砕けてしまったあの日から、私はおかしくなってしまって、もう元には戻れないのかしら。


 そんなことばかりぐるぐる考えていたせいで、私は熱を出してしまった。

 この年齢になって知恵熱を出すなんて恥ずかしい。

 キャサリン様は『ここのところ面接や学業、卒業後のことで忙しかったせいで疲労が溜まっていたに違いない』って言ってくださったけれど……絶対に、キリアンとのことで思い悩んだせいだわ。


 あれからキリアンから、手紙や……贈り物が、届く。

 以前のように宝石や大きな花束ではなくて、飴のようなお菓子だったり、流行の本だったり……。


 今更だって思う気持ちと、以前よりも〝私のことを〟考えて選んでいるのだろうとわかる贈り物を嬉しく思う気持ちがぶつかり合って、私はお返事すら出せずにいた。


「お嬢様、こちらのお花はいかがいたしましょうか」


「……綺麗ね」


 届いたのは三本の、ピンクのバラだった。

 カードには『貴女に似合うと思って』とだけ書いてあった。


(キリアン)


 彼の気持ちが嬉しい。

 だけど許さなくちゃいけないのだろうか。

 

 許してしまったら、あの日の私はやっぱりただ惨めじゃないかと思ってしまう。

 

 そして、そんなことを考える自分が情けなくて、また嫌になる。


「私の部屋に飾ってくれる?」


「かしこまりました」


 ナナネラにも、相談できない。

 キャサリン様にも、相談できない。


 私は私のこの情けない自分を、まだ手放せそうになかった。

 それでも……それでも、キリアンに恋している自分を、手放せなくて。


 キリアンを許せないと言いながら、早く彼の胸に飛び込みたくて、わけがわからなくてただ泣き喚きたいような、そんな子供のような振る舞いをしてはいけないと自分を叱り飛ばしたいような、そんな気持ちになる。


 花瓶を取りに出て行ったナナネラと入れ違いに、お兄様が顔を覗かせて扉を叩いた。

 見えているのにノックをする意味はあるのだろうかと思わず私が小さく吹き出せば、お兄様はホッとしたような表情を浮かべる。


 心配をかけちゃったなと、また苦い気持ちが胸に滲んだ。


「どうだ? 具合は」


「大丈夫よ。少し……疲れてしまったみたいで。こうしてゆっくり休ませてもらえているし、すぐに良くなるわ」


「そっか」


 私の言葉に眉尻を下げたお兄様が、ベッドサイドに椅子を引きずって来て座る。

 どことなく気まずそうに見えるのは、私だけ?


「あの、その……フィリア、お前に謝らなくちゃいけないことがあって、だな」


「……謝る?」


「キャサリンには『これ以上余計なことをするな、言うな』って言われたんだけど……やっぱり黙ってるのはいけないと思って。その、謝って足りることじゃないんだが……」


「どういうことです?」


 煮え切らない態度のお兄様に、私もわけがわからなくて先を促す。

 そしてその話を耳にして――たまらず叫んでしまって、ナナネラが大慌てで花瓶を振り上げて突入してくる事態を招いてしまったのだった。

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